大原千鶴(おおはら・ちづる)奥京都の料理旅館「美山荘」に生まれ、小学生の頃からまかない料理を任される。二男一女の母として家庭を切り盛りし、料理研究家としてテレビや雑誌、講演など広く活躍。第3回京都和食文化賞受賞。『わたしの十八番レシピ帖[定番もの]』など著作多数。忙しくても、面倒でも、暮らしを愉しむためのヒント
料理研究家の大原千鶴さんは、家庭画報本誌をはじめとする雑誌やテレビの出演などで多忙を極めているはずなのだが、ご本人がまとっている空気は、ゆったり、のんびり、とても柔らかい。その秘密が詰まっているのが本書だ。
「長年つきあいのある編集者さんに、自宅キッチンのリフォームの顚末などを話しているうちに、“これ、本にしましょう!”といっていただいて。約1年かけて、少しずつ書き溜めました」
その内容は、自宅とアトリエの2つのキッチンの詳細から、そこでの過ごし方、家族との日々の食卓、毎日の家事、おもてなしの日にすること、そして煮物焼き物揚げ物の火加減に至るまで、広範囲にわたる。
広範囲にわたりつつ、お客さまを招くときの大切な掃除ポイントのひとつがダイニングの椅子の脚先に貼ってあるフェルトのホコリを払うことだということや、ほんのひとつまみの砂糖がどれほど大きな働きをするかなど、ささいなことにピカッと光を当てている。
「88話のうち、自分では当たり前だと思ってしていることを編集者さんが目ざとく指摘してくれて、それを足がかりに書いたテーマも数多くあります。ときには一日中おしゃべりしながら内容を詰めていきました。こんなことが皆さんの役に立つのかどうか不安もありましたが、この対話によって、私自身も気づかなかったたくさんのことに気づくことができました」
この本を通じて感じるのは、大原さんの“何でも面白がる”という姿勢だ。たとえば忙しいときの「ダッシュめし」。“家庭の料理は手早くできるように訓練を重ねることも大事です。「今日は、5分で一品つくろう」と、目標を持つことで前向きになれるし、集中力もあがり、達成できたら自信もつくでしょう”(本書より)
こんなゲーム感覚で家事を面白がれば、変わりない日々に新鮮な風が吹き込み、気分転換にもなりそうだ。
「家事は、海外旅行などで非日常を愉しんでいる間はしばし忘れることができるけれど、やめるわけにはいかないこと。その愉しみが減っている今、よくも悪くも、以前よりも家のなかのことに向かい合わなければなりませんよね。でもそれは、嫌なことと正面からぶつかって傷ついたり、嫌なことを我慢する努力をしたりすることとは違うと思うんです。嫌なことからうまく身をかわしながら結果を出したり、嫌なことを、自分にとって気持ちのいい形に変えていくための努力をしたりすればいい。一日ひとつでも、前を向いて転がっていると実感できれば、それでええやないですか」
読むうちに心が軽くなり、気になっていた家事がしたくなる。そんな本だ。
撮影/大沼ショージ 装丁/白い立体『茶呑みめし むりなく、むだなく、きげんよく 食と暮らしの88話』
大原千鶴 著/文藝春秋自宅とアトリエの2つのキッチンについて、日々の食事を素早く調理するためのコツなど、食と暮らしまわりのさまざまなことが綴られた88話。1話ごとに、採り入れたいヒントが見つかる。家族が好きな普段のおかず22のレシピ付き。
「#今月の本」の記事をもっと見る>> 構成・文/安藤菜穂子 撮影/横山新一
『家庭画報』2022年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。