年齢が年齢なので、もしも若い人のように、一直線に迫られたら困るとミエさんも初めは心配だった。
「あの人は全部わかっているの。つまりね、思いやりがあって優しい人なのよ。それにあんまり女性経験もないんですって」
満足そうに微笑むミエさんを見ていると、まさか彼の言葉を全部信じているのですかと問いたくなるけれど我慢した。
「今まで80年以上生きて来たけど、あなたみたいに相性の良い女性は初めてだ。やっと男としての満足を知った」と木村さんは必ず決めゼリフを発するらしい。
私は、しみじみと自分の想像力の貧しさを思いやった。だいたいセックスなんてお互いに全裸になって、のびのびとやるものではないか。運動ではないと言われそうだが、日常のしがらみから解き放たれて、せいせいとゆっくりするものだと思っていた。しかし、ミエさんの話を聞いていると、なんだかミニサンドイッチをちょこっとつまんで、小腹を満たす動作みたいな感じがしてくる。
つまり木村さんは口が達者だけれど、実際に情熱的なことを何かしているかと言うと、どうもそうではない。彼の取柄は丁寧なこと。しかし、お互いに着衣はそのままで、ただミエさんの胸元をはだけるだけと言うのだから、相性なんていう言葉がどこから出てくるのかわからない。私には、なんともいえない手抜き感が漂っているように聞こえる。
でも、ミエさんは「私たちって本当に愛し合っているから、あそこまでいけるんだわ。すごいことよ。そうでしょ、わかるかしら?」と尋ねる。
同意を求められて、「はあー、確かに」と私はうなずいてみせたが、どこの何がすごいのかよくわからない。しかし、ミエさんの誇らしげな表情を見ていると、確かにこれは彼女にとっては稀有な体験だったのだと察しがつく。つい、それって省エネじゃないのかと勘繰りたい気持ちが湧いて来る。つまりなるべく自分は体力を消耗しないですむように、木村さんは考えて行動しているのではないか。いや、これはあまりにも意地悪な見方だろうか。
そう思い直していたら、久枝さんが口を挟んだ。
「あなた、昨日もまた、あのお寿司屋さんに行ったの?」
「ええ」とミエさんが急に低くなった声で答える。「まったく、もうやめたらいいじゃない。その後はコーヒー屋さんでしょ?」とまるで詰問する調子である。