エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2022年6月号に掲載された第11回、書家・芸術家の紫舟さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.11 しあわせの記憶
文・紫舟
「すきなたべものはなぁに?」
多くの人は子どものころからの大好物を教えてくれる。
大人になり多様なおいしさを知り味わいの深淵をのぞいてもなお、高級なものやおいしさが、イコール「好き」にはならないことを知る。幼少から変わらない「好きなもの」には、どうも脳の記憶が結び付いているみたい。
それは、しあわせの記憶。
家族で一緒に笑顔になったときの食卓に並んでいたもの、親戚が集まり夜おそくまでいとこたちと子どもだけで遊んだ楽しい記憶、優しい祖父母が褒めてくれてうれしかったときの手作り料理……。
子どもは、舌が喜ぶもの以上に、「しあわせ」が好物なのかもしれません。
みんながしあわせな気持ちになれたときに食べたものの中に、子どもはその満たされた時間と空間を記憶して、好きになる。
思い返すと、幼少時代は、いつも家族のしあわせを願っていた。大人のように逃げ場のない子どもの世界は狭い。その小さな世界で命を支えてくれる保護者。親の悲しむ顔を見ずにすむよう、親が仲良くいることを何よりも強く願っていた。
子どもは大人以上に親や周囲の顔をよく観ていて、子どもは自分のしあわせよりも、家族や周囲の笑顔を望んでいる。
だから子どものころからの好きな食べものを、大人になり再び口にすると、一瞬で、脳がしあわせの記憶に導いてくれる。大人の人生に少し疲れたとき、仕事がつらいとき、独りさみしいとき、好きなものをほおばると、あのころのしあわせがよみがえり、人生の痛みがやわらぎ、いつの間にか安心している。そしてあのころのしあわせが、心をときほぐして、幼かったころの手のひらで大人の少しかたくなった心を包み、温めてくれる。
わたしの好きなもの。
それは、親族みんなが集い、大人たちは食事と会話を楽しみ、子どもたちはおもちゃで一日中遊んでばかりの中、すべての人にいつも平等だった大好きなおばーちゃんが作ってくれた、ひと口に入りきらないほど大きなかりんとう。会いに行った帰りにもたせてくれた、粒粒がのこった大きなおはぎ。
今でも口に「福む」と、ほっとして、あったかくなって、どこか、子どものときの顔に、戻ってしまう。
あなたの、すきなたべものはなぁに?
紫舟書家・芸術家。日本の伝統文化の「書」を、絵、彫刻、メディアアートへと昇華させ、日本の思想や文化を世界に発信。フランス・ルーヴル美術館地下会場で開催された国民美術協会展にて、書画で金賞、彫刻で最高位金賞を日本人初のダブル受賞。2022年9月15日〜京阪百貨店本店、9月21日〜天満屋本店にて個展、10月8日恵比寿で書のワークショップを開催予定。