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五木寛之さんが「捨てない」という言葉に込めたメッセージ

2022.05.31

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Q8 決して、捨ててはいけないモノは?


五木 命です。捨ててはいけないし、捨てさせてもいけません。先日、新聞で、ドイツでのひよこの殺処分についての記事を見つけてショックを受けました。孵化するとすぐに雌雄に選別するそうですが、雄は卵を産まず、肉もおいしくないので年間約4500万羽を殺処分するというのです。弱肉強食は、原始から続く世の習いですが、そう割り切れることではありません。我々の命は、他の生物を捨てることから成り立っているということも考えさせられました。

今は、ウクライナとロシアの戦争にも心が痛みます。これも、滞貨一掃というひとつの廃棄問題を孕んでいることを忘れてはいけません。各国、古いモノをいつまでも積み上げていくわけにはいかず、保管に苦労している武器を消費する意味合いが隠れているともいわれています。“捨てる”という行為を突き詰めると、ここまで行ってしまう。人的被害が伴う廃棄問題なので、なんとしても止めなくてはいけないと思います。同時に、世界的な難民問題も重要です。彼らは、国に捨てられた人たちもあり、国を捨てた人たちもいます。日本もウクライナ避難民の受け入れを表明しましたが、安定した安全な経済圏の先進国が、今後押し寄せる難民問題とどう取り組むかは、大きな課題だと思います。

“国を捨てる”という問題は、日本でも深刻です。僕らにとって、8月15日の敗戦の日、12月8日の日本が対米戦の火蓋を切った日、また5月1日のメーデーは忘れられない日です。そういう節目節目に、大きな回顧記事が出ているだろうと期待して新聞を見るのですが、最近ではほとんど触れられていないことがあります。沖縄のひめゆり部隊の塔で、語り部として当時の思い出を話すご婦人がいますが、最近の高校生は「もういいよ」「聞いていないんだから、黙っていて」ということをいう者がいるらしい。大きな歴史の転換期が10年、20年で風化してしまう危機を感じています。大衆の記憶の中で忘れられていくということは、歴史を捨てていく、国を捨てるということにつながるからです。


失ってはいけない記憶のひとつを伝える慰霊碑の話をしたいと思います。岐阜県の佐久良太(さくらだ)神社境内にある「乙女の碑」です。昭和57年に、戦中に旧満州へ渡った開拓団のひとつである旧黒川開拓団が建てたものです。戦後七十数年、その碑が建てられた理由は語られませんでしたが、平成30年に女性たちの証言をもとに建立の理由を説明する文章が追加されました。戦争末期、集団自決を考えるほどに思い詰められた開拓団は、生き残りをかけて旧ソ連軍と交渉をした際に、保護してもらう代わりに接待する女性を提供したのです。戦後、無事に帰国した開拓団でしたが、旧満州で犠牲になった女性たちは差別を受けました。そんな彼女たちに捧げられた慰霊碑だったのです。ずっと秘められていた歴史ですが、平成25年になって、生存者のおひとりであった当時89歳の女性が講演会のスピーチで明らかにしました。この碑がどれだけの記憶を呼び覚ますかはわかりませんが、放っておけば、こうした重要な歴史も忘れられてしまうのです。
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