焼なす玉〆、きな粉かけ
なすを使った料理はこの連載の中でも多く、千両なす、水なす、賀茂なすなどを使った料理を紹介してきました。「
冬瓜のあんかけ、梅煮」でもお話ししたように、昨年の7月から始まったこの連載でも食材が一巡し始め、なすの旬が再度来ました。生の状態では味も香りもさほどないなすですが、料理するとそのおいしさは格別です。
生のなすの味成分は、味覚センサーによるとミネラルウォーターと変わらず、味をほとんど感じません。それにもかかわらず、なす料理がおいしいのは、なすの細胞の隙間には空気が多く含まれ、組織がスポンジ状になっているためです。調理すると味をよく吸収し、漬けもの(「
夏野菜のぬか漬け」、「
即席柴漬け」、「
水なすの浅漬け・昆布押し」)にしても、煮もの(「
賀茂なすの揚げ煮」、「
千両なすの煮もの、ごま酢かけ」、「
なすの利久煮(ごま煮)、唐辛子煮」)、焼きものや炒めもの(「
なすのきじ焼き、生姜味噌炒め」)、揚げびたし(「
夏野菜の揚げびたし、南蛮漬け」)にしてもおいしくなります。
いちばんポピュラーな千両なす。油をよく吸収しますが、出汁はあまり吸収しないので、電子レンジであらかじめ加熱するなどの工夫が必要です。水につけてあく抜きするのは変色防止にしかならず、栄養、食味を損なうだけなので不要です。これらはもう既にお教えしましたね。
生のときは香りも味もないなすですが、うまく加熱するとグアニル酸(干ししいたけなどに含まれる旨み成分)が増えておいしくなります。切ったなすを加熱するよりも、焼きなすのようにまるのままのかたまりで加熱したほうがグアニル酸の量がさらに増加。焼きなすにすると香ばしさも加わるので、さらに味に奥行きが出ます。この効果を使った料理は、昨夏、「
焼きなすの醍醐味」「
焼きなすアイスクリーム」「
夏野菜の煮こごり」「
焼きなすの赤だし、焼きなすと梅豆腐の薄葛仕立て」「
焼きなすのたたき」を紹介しました。今日は玉〆(たまじめ。ゆるい茶碗蒸し)にして、焼きなすの風味とおいしさを封じ込めます。
もう一品は焼きなすのきな粉かけです。なにそれ?と思われるかもしれませんが、なかなかおいしいものです。香川県引田(ひけた)の沿岸部に「なまこのぼた餅(きなこ和え)」という珍しい郷土料理があります。引田で盛んだった「このわた(なまこの内臓の塩辛)」作りで残ったなまこの身の部分を、さっと湯通ししてぼた餅のようにきな粉と砂糖をまぶしたものです。
味は賛否両論あるようです。私もやってみました。なまこが堅いと違和感がありますが、干しなまこのように柔らかくもどすと、きな粉砂糖の甘みとなまこの塩味がいい具合に合わさって面白いと思いました。
焼きなすのきな粉かけはそこからの発想です。なまこと焼きなす、なんとなく姿も似ていますね(笑)。今日も野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「焼なすの玉〆」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み 油分 ◎食感 ◎香り ◎刺激
・昔の茶碗蒸しは卵を濃くすることが贅沢だったが、今はいかになめらかにするかがポイント。卵を食べるというよりも、出汁を極限のゆるさで固めて出汁を味わう。
・なすから出る水分を計算して卵出汁の濃さを決める。出汁巻き卵の卵出汁はこさないが、玉〆の場合は必ずこして均等になめらかに。
・「焼なすきな粉かけ」は、野菜料理をおいしくする7要素中5要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み 油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・焼きなすにすることで風味と旨みが増す。食べた瞬間はきな粉の風味がし、最後は焼きなすの香ばしい風味へと変わる。
・焼きなすを醤油焼きする。塩分ときな粉砂糖の甘みが合わさりおいしくなる。
「焼なすの玉〆」
【材料(3人分)】・卵(Lサイズ) 3個
・出汁 450〜500cc
・塩 小さじ1/3
・薄口醤油 小さじ1
・焼きなす 3本
・濃口醤油 少々
・生姜(細めのせん切りにする) 適量
【作り方】1.卵出汁を作る。卵をときほぐし、冷めた出汁(昆布出汁でもよい)と塩、薄口醤油を加える。通常は、出汁は卵の量の3倍強でよいが、焼きなすから水分が出るため少し控える。合わせた卵出汁を茶こしなどでこす。
2.「
焼きなすの醍醐味」を参照して、焼きなすを作る。クッキングペーパーに包んで汁気を除き、予熱したオーブントースターに入れて、表面が乾いたら濃口醤油を刷毛で塗って焼く。
3.一口大に切った焼きなすの2/3本分をそれぞれの器の中心におき、1の卵出汁をはる。卵出汁の表面に泡が出たら刷毛などで除く。
4.湯が沸いて蒸気が出ている蒸し器に入れて、蒸気のつゆが入らないよう器の上にクッキングペーパーやアルミホイルを切ってのせる。蒸し器本体との間に箸を1本渡して蓋をし、最初は強火で3分くらい蒸し、内部全体に蒸気が回ったら、弱火にして10分ほど蒸す。蒸し器内部の温度が上がり過ぎるとすが入るため、卵が固まる70~80℃を維持するよう火の強さを加減する。弱火にして10分ほどしたら、一度、固まり具合を確認して、蒸したりなかったら、再度、弱火で蒸す。電子レンジで作る場合は、取扱説明書の表示に従う。
5.蒸し上がったら、3で残しておいた焼きなすをのせて生姜のせん切りを添えて供する。
「焼なすきな粉かけ」
【材料(3人分)】・焼きなす 3本
・濃口醤油 少々
・きな粉砂糖(きび砂糖2:きな粉1の割合) 適量
【作り方】1.「
焼きなすの醍醐味」を参照して、焼きなすを作る。クッキングペーパーに包んでなすの汁気を除き、予熱したオーブントースターに入れて、表面が乾いたら濃口醤油を刷毛で塗って焼く。
2.焼きなすを一口大に切って器に盛り、きな粉砂糖を好みの量かけてあつあつを供する。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。