図像で辿る「名画に隠れた占星術の世界観」
文/鏡リュウジ 浅島尚美〈説話社〉
17世紀イタリアの図像学者チェーザレ・リーパ著『イコノロギア』の扉ページ(鏡リュウジ蔵)。星占い、占星術といえば今では単に「今年の運勢」「ラッキーカラー」を占うだけのお遊びだと考えられている。16世紀から17世紀にかけて起こった科学革命、そして18世紀の啓蒙主義の勃興以降、占星術がかつての地位を失ったのは事実だ。占星術はもはや科学ではない。
しかし、それまで2000年近く、つまり近代科学の歴史などよりはるかに長く、占星術は人類の文化の中心にあった。
占星術とはアストロロジー「星(宇宙)の学問」なのであるわけだから万物を包含、網羅する学問だとされており、その影響力は文化の隅々にまで浸透していた。
だから西欧の文学も音楽も、そして絵画も占星術を抜きにしては十分な理解を得ることはできない。ここでは絵画をつぶさに観察することで占星術の豊かな世界をご案内しよう。
図像を解読する方法論を広く図像学(イコノグラフィー)と呼ぶが、これはそのささやかな一例である。
ロバート・フラッド《世界霊魂》
科学革命が急速に進行しつつあった17世紀初頭、古代からの生命溢れる宇宙観の最後の守り手がロバート・フラッドだったといえる。宇宙は無機質な機械ではなく、プラトンが「愛」と呼ぶような共感(シンパシー)で結ばれ「世界の魂」に満ちる。人間はその世界の魂の中で生きており、宇宙全体と響き合い共感することができるのである(図のオリジナルは白黒の線画)。
1 雲の中にある4つのヘブライ文字神を意味する聖四文字。神の手がそこから出ていて、この世界を統べている。
2 宇宙霊魂この世界は生命そのものであると考えられた。宇宙の魂は女性の姿で描かれ、「アニマ・ムンディ」と呼ばれる。これは近代の機械論的で無機質な世界観とは鋭い対照をなす。
3 鎖神の手から伸びている鎖がこの世界のさまざまなもの……鉱物、植物、動物、人間、惑星、天使などをすべてつないでいることを示す。これが世界の共感関係である。
4 猿世界を表す球体とコンパスを持つ猿は人間の象徴。神の物真似、猿真似をすると考えられた。しかしここには否定的な意味はない。