エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2022年7月号に掲載された第12回、エッセイスト、小説家の阿川佐和子さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.12 甘辛問答
文・阿川佐和子
はるか昔の中学時代、学校帰りに友だちと誘い合わせて甘味屋さんへ行くのを楽しみにしていた。もちろん学校で寄り道は禁止されている。でも私たちはこそこそと制服姿で(どこがこそこそしていることか)、しかも学校のすぐ近くの「きしめんとあんみつ」を売りにしている小さなお店に嬉々として通った。そのときだったと思う。「クリームあんみつ」なるものに出合ったのは。
「クリームあんみつ」そのものが、いつどこで誕生したのかは知らないが、私が初めて見たのは昭和四十年代だったと記憶する。最初、友だちが注文するのを傍目に見ながらひそかに敬遠していた。アイスクリームとあんみつ? そりゃ、合わないでしょう。だいたい餡子と黒蜜とアイスクリームを重ねたらいくらなんでも甘すぎる。それに、アイスクリームが溶けて餡子や寒天と混ざる姿はあまり美しくない。しばらく批判的に思っていたのだが、ある日、勇気を出して注文してみた。すると、
「やだ、おいしい!」
たちまち変節した。それからというもの、しばらくクリームあんみつにハマった。ただ問題は、やはりそうとうに甘いということだ。食べ終わると、なにか塩味のものが欲しくなる。さんざん迷った末、
「あたし、きしめん食べようかな」
一人が言い出すと、みんなも倣う。こうしてアツアツの鰹出汁にひたされた上品なきしめんをすすり上げ、
「あー、おいしかったあ」
するとまもなく、誰かが言い出す。
「なんか、甘いもん、食べたくなった」
みんなが顔を見合わせる。たしかにクリームあんみつの甘さが恋しくなっている。でも、アンコールするのはいくらなんでも贅沢だ。
「じゃさ、一つ、頼んでみんなで分ける?」
こうして結局、クリームあんみつを一つだけ注文し、スプーンを人数分いただいて、四方から突っつき合う。
「おいしかったねえ」
食べ終わった頃、誰かがまた呟く。
「なんか、塩辛いもの、食べたいね」
悩める年頃であった。クリームあんみつか、はたまたきしめんか。どちらでおしまいにするか、私たちは激しく悶々としたのを思い出す。
阿川佐和子1953年生まれ。慶応義塾大学文学部西洋史学科卒業。報道番組のキャスターを務めた後、渡米。帰国後はエッセイスト、小説家として活躍する。『ああ言えばこう食う』(檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』で島清恋愛文学賞を受賞。2012年には『聞く力―心をひらく35のヒント』がミリオンセラーとなった。2014年菊池寛賞を受賞。近著に『ないものねだるな』。
表示価格はすべて税込みです。