食事管理についてここで一つの例を示したい。
カエルに冷凍の子ネズミを丸ごと与えると非常に立派に育つが、鳥のササミだけを与えていると目玉が飛び出し背骨が曲がって死ぬ。前者は全体食、つまり皮膚、筋肉、骨、内臓が全て含まれる食事だが、後者は筋肉のみであり、この栄養の偏りが身体を蝕んだ結果である。身体の構造が単純なカエルのような生き物ほど病気になった時の症状が顕著でわかりやすい。
それに対して複雑な身体を持つ皆さんの愛犬は、不適切な食事を与え続けていた場合、致命的な症状が出るまで異常が発覚しにくいと覚えておいてほしい。たとえて言うならば、部品がせいぜい20くらいで構成されている万年筆の一部が壊れたら使えなくなるのは想像に難(かた)くないが、部品点数が3万点にも及ぶ自動車の故障は気が付かないうちに水面下で進み、症状が出た時には廃車になってしまうことがあるのと同じだ。
とある奥さんが言った。
「うちの子は高級な牛肉とキャベツを茹でたものをあげているので栄養満点です」
こういう飼い主は非常に多い。
「栄養成分の割合からすれば論外ですね」
「でも何かの動物の体を丸ごとなんて無理です」
「だからドッグフードがあるわけです」
「フードには添加物がたくさん入っているから心配です」
栄養バランスを理解すると次に添加物の心配、これはお決まりのパターンだが、私はいつもこう言っている。
「必要だから最小限の範囲で入ってるんですよ」
「わかりました。じゃあ私は栄養バランスが良く、無添加のフードを探すことにします」
「半分わかっていないみたいですね」
かくしてこの飼い主が見つけたのは、科学者でも栄養士でもない普通の人がフィーリングで作った手作りフードの量り売りだった。しばらくして犬は調子を崩してやってきた。黄疸が出て、血液を検査するとGPTの値が2000を超えている。
「念のために奥さんが犬にあげてるフードを顕微鏡で覗いたら、カビの胞子まみれでしたよ」
「天然素材100パーセントなのにどうして!」
「そもそも無添加食品は管理がシビアなんですよ」
数ある食品添加物の中でも着色剤や漂白剤、光沢剤、香料などは、見てくれやニオイを気にしなければ無用と思うが、保存料や酸化防止剤、そして防カビ剤に関しては販売者や購入者が“不潔な取扱い”や“数日以上にわたる使用”をする以上、全く無しにするわけにはいかないのが実情だ。
また、一部の飼い主さんたちは「アレルギー」「ストレス」「無添加」「〇〇フリー」などの“魔法の言葉”に弱い傾向があるが、実はそれらの厳密な定義は専門家でも難しい。
特にアレルギーに関しては、検査をすればたくさんの品目の偽陽性反応が出るにもかかわらず、実際には何の臨床症状も認めない場合が多い。過去35年間に「これは本物の牛肉アレルギーである」と私が確認できたのはたったの2例だった。
ある奥さんはネットで評判の「低アレルゲンフード」を愛用していたが、高級市販品の4倍の価格に私は驚いた。
「とっても高いけれど、知る人ぞ知る良いモノなんです」と言う。
「もしかしたら、インチキなオッサンが自分で高評価を書き込んでるのかもしれませんよ」
「先生はひねくれものね」
「いろいろと経験しているから用心深いだけです」
実はこれは“大当たり”だった。奥さんがはるばる通販の住所を訪ね、直販してもらおうとしたところ、古いマンションの廊下には外国製の得体の知れない何かの家畜用のエサ袋が積み上げてあり、戸が開けっ放しの汚い部屋で、ステテコ姿の薄汚れたオヤジが汗だくになってオシャレな袋に詰め替えているのを目撃したというのだ。しかも素手で!
奥さん曰く「フードを買いたいと伝えたところ、『見たな~、何で来たあ!』と言いながら外まで追いかけてきたんです。転んで擦りむいた傷がコレです……」
“一般には知られていない隠れ家的な名店”みたいなものに魅力を感じるのは人の性なのかもしれないが、その正体は大体こんなものである。ついでに言うと、「癌に効く」「食糞が直る」「涙ヤケが治る」「歯石が落ちる」等の商品も怪しいものが多いので気を付けていただきたい。自分でどうこうしようとせずに、主治医に相談するほうが確実だし、安上がりだと思う。先生がそれらを勧めてきたら元も子もないが。