初夏のいり豆腐
この連載で紹介してきた季節のおばんざいも、本日で最後になります。ひじき、おから、切り干し大根、いり豆腐などのおばんざいは時知らず(季節を選ばない)で、一年中食べられますが、ついつい、いつも同じ具材、同じ味つけでマンネリ化しがちです。そこで旬の野菜を加え、調味を替えて、その季節だけのおばんざいにする工夫を紹介してきました。
ひじきは「
ひじきの炒め煮」→「
長ひじきと冬野菜のきんぴら」→「
生ひじきと新玉ねぎの梅風味」。夏場は炊いたひじきは重たく感じるのでさっと仕上げ、秋から冬は季節の根菜をたしてしっかりめの味、温かい彩りで。春になるとエネルギーあふれる初物に梅干しの酸味を加えて軽やかに。
おからは「
おからの酢炊き」→「
秋冬野菜のおから」→「
卯の花」→番外編「
ふくめん」。酸味を加えて夏場にも食べやすくしたものから、次第にしっかりした味に向かい、たけのこの煮汁を利用した春らしい味、そして番外編では、酢炊きとは異なる調理法を使って酸味を生かした乾燥おからの料理を紹介しました。
切り干し大根は「
秋の切り干し大根」→「
冬の切り干し大根」→「
新切り干し大根とせりの生姜ごま和え」。秋は旬の野菜の風味を取り入れておいしく炊き、春には新物に春野菜の風味と刺激を加えて和えものに。炊いた切り干し大根は夏向きではないので、酢のもの(「苦瓜と切り干し大根黒酢和え」6/17紹介予定)にするのもよいでしょう。
いり豆腐は「
秋のいり豆腐」→「
早春のいり豆腐」。秋には松茸やしその実の香りと食感、春には春菜の苦みと油分を加えました。
いり豆腐に使う豆腐には、ひじきや切り干し大根のように新物や部位による違いはありません。「
冷たい白和え」で話したように、技術の進歩により濃厚な味わいの豆腐が出てきました。それらを使う場合は調味を薄めにして豆腐の味を生かします。
ひじき、おから、切り干し大根は、暑くなってくると酸味のある味にすることがありますが、いり豆腐の場合は調味に酸味は加えません。その代わり今日のいり豆腐のように、きくらげの酢醤油漬けや新生姜の甘酢漬け(「
新生姜の甘酢漬け3種」)、酢蓮(「
新れんこんの酢蓮2種」)といった酸味のある料理を具材として加えます。
おばんざいを作る際のコツとして、定番の具材に旬の野菜を加えることをおすすめしてきましたが、その組み合わせ方もお話ししましょう。冷蔵庫にあるものを適当に加える? もちろん、それもいいのですが、野菜にも相性があります。人間関係と同じで相思相愛になる場合もあれば、ぎくしゃくする場合も。かといって堅苦しく考える必要もありません。
同じ旬、同じ科や種を意識して組み合わせます。うまく合わせると相乗効果で互いの個性を生かし合い、深みのある味になります。このことは出会いもの(「
梅若竹椀、新わかめの吸いもの」)でも既にお話ししましたね。
同じ季節、同じ気候で育った野菜は気質が似ていて合いやすい傾向があります。同じ旬といっても、盛り同士を合わせるだけでなく、走りと盛り(「
春かぶ丼、ふきの味噌汁」)、盛りと名残(「
エリンギ、赤ピーマン、オクラの味噌炒め」)、名残と走り(「
根深飯、新わかめの味噌汁」)を合わせてもいいですね。
同じ科や種の組み合わせはナス科の野菜を例にするとわかりやすいと思います。なす、じゃがいも、トマト、ピーマン、ししとう、唐辛子などがあり、どれもよく合います。
食感の違いや根・茎・葉・実など部位の違いを意識して合わせるのも効果的ですし、毎回確認している「野菜料理をおいしくする7要素」の、塩分以外の6要素をもつ野菜などを組み合わせるのもよい方法です。旨み(しいたけ、ねぎ、にら、ごぼう、海苔、昆布など)、甘み(果物、栗など)、油分(アボカド、油揚げ、ナッツなど)、食感(れんこん、ごぼう、こんにゃくなど)、香り(香味野菜など)、刺激(生姜、唐辛子など)という具合です。
野菜のおひたし(「
冬野菜のおひたし」)のように、五味(甘い、塩辛い、酸っぱい、苦い、辛い)五法(焼く、煮る、揚げる、蒸す、生)を使った野菜を合わせるのも一案です。
これらの組み合わせは、おばんざいに限らず、他の料理に活用できます。是非覚えておいてください。最も身近な野菜料理、おばんざいをこれからも楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「初夏のいり豆腐」は、野菜料理をおいしくする7要素中7要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り ◎刺激
・豆腐はその90%弱が水分。味がつかないからと炊けば炊くほど豆腐から水分が出続け、食感はバサバサに。
・中上げの技法を用いて、豆腐の表面に少し強めの味をまとわせ、中は豆腐自体の味を残してしっとり仕上げる。
・定番の具材に旬の野菜を加える。豆苗や山くらげ、おかひじきの食感、にらの旨みと香り、豆類の甘みが加わり、おいしくなると同時に季節感が出る。
・全体として味のトーンは弱めにして、きくらげの酢醤油漬けや新生姜のせん切りを仕上がりに添えることで、味の濃淡、メリハリを出す。
「初夏のいり豆腐」
【材料(4人分)】・木綿豆腐 2丁
・こんにゃく 50g
・にんじん 50g
・ごぼう 50g
・しいたけ 4枚
・ごま油 小さじ1
・サラダ油 小さじ2
・出汁 200cc
・塩 2g
・薄口醤油 大さじ1
・みりん 小さじ1
・新生姜(細めのせん切り) 適量
・きくらげの酢醤油漬け(食べやすい大きさに切る) 適量
「
蛇腹(じゃばら)きゅうり・いり酒」参照
※加える季節野菜は下記の材料を参考に好みで
・にら 適量
・豆苗 適量
・おかひじき 適量
・さやいんげん 適量
・ブロッコリー 適量
・カリフラワー 適量
・そら豆の油焼き 適量
「
そら豆3種」参照
・山くらげ(炊いたもの) 適量
「
山くらげの辛子酢味噌和え」
【作り方】1.木綿豆腐は冷蔵庫で半日押して水分を抜いておく。豆腐の押し方は「
トマトの白和え」参照。
2.7~8㎜の角切りにしたこんにゃく、にんじん、ごぼうはそれぞれ下茹でをしておく。にらの根元の白い部分は1〜2mm幅の小口切りにする。
3.さやいんげんは筋がある場合があるので、念のために1〜2本の両端を折って筋がないか確かめる。筋があれば除き、1分30秒〜2分ほど茹でて水に放す。ざるに上げて水気をきり、切り口を斜めにして3cm長さに切る。
4.ブロッコリーとカリフラワーは茎側から切り込みを途中まで入れ、手で裂いてから包丁で2㎝程度の小房に分ける。それぞれ堅めに茹でて、水に放さずざるに上げる。
5.おかひじきは、太い茎から枝分かれした柔らかい茎と芽の部分をちぎって使う。太い茎が柔らかい場合はそのまま用いてもよい。さっと茹でて水に放し水気をきる。にらの緑の部分と豆苗は3cm長さに切る。
6.鍋を火にかけ、ごま油とサラダ油をひき、こんにゃく、にんじん、ごぼう、7~8㎜の角切りにしたしいたけ、にらの根元の白い部分を加えて炒める。木綿豆腐は手で一口大にちぎって加える。出汁と調味料を加えて沸いたら中火で5分くらい炊いて、具材をざるに上げ煮汁と分ける。
7.煮汁を鍋に戻して中火にかけ、最初の量の1/4くらいになるまで煮つめる。これが中上げの技法。汁が煮つまった鍋に、にらの緑の部分を入れてさっと炊いてざるに上げ、次に豆苗を入れてさっと炊いてざるに上げる。煮汁は再度、元の鍋に戻し、6でざるに上げておいた具材を戻し、さやいんげん、カリフラワー、ブロッコリーも加える。強火にして具材の表面に煮汁をからめ、しっかりと味をつけていく。
8.煮汁が少なくなったら火からおろす。器に盛ってそら豆の油焼き、山くらげ、きくらげの酢醤油漬けをのせ、にら、豆苗、おかひじきを彩りよく散らし、新生姜のせん切りを添えて供する。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。