毎日を心豊かに生きるヒント「私の小さな幸せ」 看護師、僧侶として終末期の患者さんとご家族に寄り添う活動を行う玉置妙憂さん。「考え方を少し変えるだけで小さな幸せの灯りに気づくことができる」と語る背景にはご主人の看取りと修行で感じた想いがありました。
一覧はこちら>> 第15回 玉置妙憂 (看護師、僧侶)
「先のことが心配かもしれませんが、それは将来の自分に任せればいい。今日生きることに専念すれば身近にある小さな幸せに気づけるはず」と玉置さん。玉置妙憂(たまおき・みょうゆう)1964年東京都生まれ。看護師、僧侶。大学時代、シルクロードに憧れて中国・北京へ留学。長男のアレルギーをきっかけに30代で看護師・看護教員の資格を取得。現在もクリニック勤務。「非営利一般社団法人大慈学苑」を設立、スピリチュアルケア活動中。「先行き不透明なコロナ禍、誰もが心の痛みを抱えています。でも不安な気持ちを切り替える訓練をして“今”を生きることで一度きりの人生が豊かになるはず」
がんを再発した主人を自宅で半年ほど介護し看取ったあと、私は時々、「今、悲しみの落とし穴に落ちた!」と当時19歳の長男、小学校2年生だった次男に宣言して、悲しみにドボンと浸らせてもらっていました。
イメージとしてはそこらじゅうにある、とてつもない悲しみの落とし穴に落ちてしまうわけですが、早くあがろうともがくと溺れそうになるし、底に足がつかない。つらいことがあったとき、悲しみに浸ることを自分に許さず頑張り続けると、通常運転に戻る気力までおかしくなる。
覚悟を決めて悲しみに沈み切ったからこそ、底に足がつき、蹴ってあがってこられたのだと思います。
ご主人の納骨をすませたあと何の迷いもなく高野山真言宗で仏教に帰依し、47歳で得度。受戒、四度加行、成満と進んだ玉置さんが今も繰り返し読む『般若心経』。当時、私は子どもたちを連れてよく東京ディズニーランドへ行きました。特に前から好きだったわけではないのですが、直感で「東京ディズニーランドへ行こう」と思ったのです。子どもを連れてあの世界にいる間は現実から切り離され、守られていた気がしました。
3か月の間に6回……通いましたね(苦笑)。でも不思議なもので自分が回復してくると、行かなくても大丈夫になりました。頻度は減りましたが、今も悲しみの落とし穴にはまることはあります。そんなときは思い切り鬱々とすることにしています。
2018年、インド・ナーランダでの世界仏教徒会議。五感を活用して不安な気持ちを切り替える
あらゆるものごとをネガティブに捉えがちなかた、いらっしゃいますよね。実際にはそこまで不安な状況ではないのに、そう考える癖がついてしまっていることが多いのです。
不安癖を自覚できたら、8割解決したのも同然。でも癖はすぐに出てしまうので、気づいたときに繰り返し行う動作なり言葉なりを何か決めておいたらいいと思います。
自分に「大丈夫」と声をかけたり、誰かの名前を呼んだり。このとき、ラベンダーの香りを嗅いで深呼吸をしたり、コーヒーを入れて飲んでみてください。五感を活用して大脳皮質を刺激すると心の切り替えに、より効果的。体が変われば心も変わっていきます。
看取りのケアを学んだ台湾“大悲学苑”にて尊敬する法師さまと(2019年)。私にとっては修行がまさにこの最たるものでした。経典を読み、掃除する修行を毎日徹底的に繰り返して体と脳に叩き込んだら、最初は暴れ馬のようだった心が3か月で整ってきたのです。
若い頃は出世欲があったり、効率や合理性に気を取られすぎていましたが、主人を看取り、仏道を修めた修行の日々で、心に抱える不要なものを捨てることができました。人生が愛おしく思える今が、一番幸せだなと感じます。
「高野山真言宗の開祖、空海さんの大好きな言葉。悩むことも必要だけどそれを踏まえ動くことが大事と理解しています」。息子さん2人も看護師の道へ。「夫の看取りはやはり大変でしたが、枯れるように亡くなる自然死の最期が天晴れで。人生が愛おしく思えました。その経験が息子たちに影響したかもしれませんね」 撮影/本誌・坂本正行 取材・文/小松庸子
『家庭画報』2022年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。