幻視や幻聴に対しては即座に否定するのも、肯定して助長するような態度も取ってはいけません。幻視や幻聴に対しては受け入れてそこで止めておきましょう。──和夫さん
せん妄への対応の基本は、本人の安全を確保することだそうです。和夫さんは、著書の中でケアする人が「まず穏やかな気分になって“大丈夫ですよ”といった対応をしてみましょう」と書き残しています。
手を握ったり、背中や腕をさすったりすると落ち着きを取り戻すことも多いといわれます。スキンシップで安心感が生まれてくるのかもしれません。
また、幻視や幻聴への対応について「即座に否定するのも肯定して助長するような態度も取ってはいけない」と父は諫めています。本人を混乱させるおそれがあるからです。
そのうえで実在しないものが見えた、聞こえたという認知症の人の主張を受け止めつつ、そこで止めておくのがよいとアドバイスしています。
地域の中に「出かけたい」と思える居場所をつくっておく
昼夜が逆転した認知症の人が昼間に眠ってくれると家族は一息つけるため、そのまま寝かせてしまいがちに。しかし、夜になると目が冴えて騒ぎ始めるといった“負のスパイラル”から抜け出せなくなり、家族の負担がさらに増していきます。
いったん崩れた生活リズムを整えるのは難しいことですが、夜眠れるように昼間は寝かせないことが肝心です。それには昼間に出かけられる場所をつくるのが効果的で、デイサービスを利用するのは家族の休息も兼ねられるのでおすすめです。
和夫さんは認知症になってからも講演会の講師を務めるなど活動的に過ごした。こうした社会活動も生活リズムを整えるうえでよい効果を生む。写真提供/長谷川 洋さん父は認知症になった後、夜間せん妄の症状は出現しなかったものの、昼夜が逆転した時期が一時ありました。白内障が悪化して見えづらくなったところに転倒骨折し、活動量が落ちたことが原因でした。昼間にうたた寝するので夜眠れなくなり、夜中に頻繁にトイレに行くようになりました。そして、そのたびに起こされて介助していた母のほうがすっかり参ってしまったのです。
このとき、和夫さんの生活リズムを取り戻してくれたのは、地域のなじみの場所でした。
父には自宅の近くに行きつけの床屋さんや喫茶店があって、整髪してもらったりコーヒーを飲んだり雑談したりすることをとても楽しみにしていました。そうした地域の中で慣れ親しんだ場所に出かけたいという強い気持ちが父にはあったので、昼間に起きていられたのだと思います。
元気なうちから地域になじみの場所をつくっておくことが認知症になっても体調を一時崩しても生活リズムを整えることに役立ち、せん妄の予防にもつながることを、父が身をもって教えてくれたように感じます。
撮影/八田政玄 取材・文/渡辺千鶴
『家庭画報』2022年7月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。