ごま豆腐、和三盆蜜かけ
1年にわたって続けてきましたこの連載も、今日で終わりになります。振り返りますと650余りのレシピを紹介しておりました。最後にお伝えする料理は連載を始める時から決めておりました。師である故・村瀬明道尼(むらせ・みょうどうに。滋賀県大津大谷月心寺庵主)のごま豆腐です。かの高級料亭「吉兆」の創業者、湯木貞一氏をして、日本一のごま豆腐と言わしめました。
ごま豆腐は、プロの料理人であれば皆作りますが、最近は市販品のごまペーストで作る人が多くなり残念です。ごまから作るにしても、フードプロセッサーやミンサーを用いるのが一般的になり、ごまをすり鉢でする料理屋は全体の0.1%もないと思います。料理屋だけでなく、精進料理を出しているお寺もほとんどが同じ状況です。
不慮の事故で瀕死の重傷を負い、右半身不随となるも、残る左手ですりこ木を持ち、大きなすり鉢で大量のごまを庵主様自身が長時間かけてすりました。ある料理屋が寄進した自動でごまがすれる機械も決して使いません。ごま豆腐に限りませんが、どんなに忙しくても、事前に仕込みを済ますことは決してなく、当日に料理するのです。
私に料理する心を教えてくれたのが庵主様です。私は人生の節目節目の悩みを庵主様に相談してきました。庵主さんは、時に怒り、ある時は励まし、そして一緒に涙を流してくれました。厳格さとあふれる優しさ、それが私の人生の師、庵主様です。
冬のある日、月心寺を訪ねたとき、庵主様は目を赤くして、仕事をしていました。古傷が痛むのでしょう。「庵主さん、痛むのですか」そう聞きました。「痛い、痛いと言うて傷の痛みがおさまるのなら、一日中、声をあげて泣き叫んでいよう。痛いと言ってもなおらないのなら、言っても仕方がない」そう答えて仕事を続けていました。
夏のうだるように暑い日、草むしりをされていた庵主様を見つけ、「こんなに暑いのに、今日ぐらい、ゆっくりしていらっしゃれば……」そう言いかけた私の言葉を遮り、「寝て過ごしても一日、体を動かし汗を流しても一日」と。自分が恥ずかしくなりました。
仮に、すり鉢ですったごまと物理的に同じものが機械で再現できたとしても、そこには心が作用していないのです。ごまをすり鉢で時間をかけて丁寧にすり、思いを込めて作るごま豆腐に、料理屋が商品として作るごま豆腐がかなうわけがありません。そして食べ手には、それが伝わるからこそ、日本一のごま豆腐なのでしょう。
あれから数十年、私も年をとってしまいましたが、庵主様のことを思い出すと、今も昔と同じ小僧のままで気が引き締まります。庵主様に教えてもらった心を用いる、心用の料理が作れるようになるよう精進してまいります。一年間ご愛読ありがとうございました。これからも野菜料理を楽しみましょう。
ちょっとしたコツ
・「ごま豆腐」は、野菜料理をおいしくする7要素中7要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り ◎刺激
・ごま豆腐はその日に作り、冷蔵庫に入れず、常温で供する。
・ごまはいらずに使う。
・慌てず焦らず、同じ調子でごまをする。
・すりたりないと旨みがないが、すり過ぎるとごまの内種皮まですれて混入し、くどい味になる。市販品のごまペーストは内種皮も一緒に入っている。ごまを機械にかけると、みがきごまを使っても内種皮が刻まれ混入してえぐみが出る。
・面倒くさいと少しでも思ったら、面倒な味になる。一手一手に心を込めて。(村瀬明道尼)
・「ごま豆腐 和三盆蜜かけ」は、野菜料理をおいしくする7要素中6要素を取り入れている。
◎旨み ◎塩分 ◎甘み ◎油分 ◎食感 ◎香り 刺激
・ごま豆腐自体には砂糖を加えない。ごまの甘みを引き立たせる微量の塩のみを加え、和三盆蜜の甘みで食べる。
「ごま豆腐」(右)
【材料 (16×16㎝の流し缶1個分)】・みがきごま(外皮をむいたごま) 300g
・水(できればおいしい浄水) 1L
・葛粉 120g
・塩 小さじ1
・日本酒 100cc
・わさび 適量
・濃口醤油 適量
・さらし(水で洗い2枚を縫い合わせて正方形にしたもの) 1枚
【作り方】1.みがきごまは、たっぷりの水に5時間ほどつけておく。ざるに上げて上から水をかけて表面のあくを流す。
2.水気をきったみがきごまをすり鉢に入れる。分量の水のうち200ccを加えてすりこ木でする。同じ調子でリズムよくすり続ける。ごまをすりつぶすのではなく、ごまの内種皮の中にある胚乳を外に押し出すイメージでする。ここですりたりないと、ごまの旨みが少ないおいしくないごま豆腐になる。逆にすり過ぎると、胚乳を包む内種皮まですれて混入し、えぐみが出る。
3.すり上がったら残りの水をすべて加えて、水にごまの胚乳の成分を溶かすように2分ほどする。「ひと目でわかるプロセス&テクニック」参照。
4.水で洗った清潔なさらし2枚を縫い合わせて正方形にし、ボウルの上に広げて3を静かに注ぎ入れる。さらしの四方をたぐり寄せて束ね、ごまのエキスを力を入れて絞り出す。絞り出したごま汁の中に、もう一度さらしで包んだごまの絞りかすをつけて、エキスをもみ出す。再度、絞りかすをしっかり絞る。
5.目の細かいざるに葛粉を入れて4につけ、ダマが残らないように指でよく溶かして混ぜる。
6.別のボウルに水(分量外)を入れてゴムべらをつけておく。5を鍋に移し、塩と日本酒を加えて平杓子でよく混ぜ、火にかける。中火〜強火で鍋底とまわりの鍋肌に届くようにしゃもじで絶えず混ぜながら練っていく。鍋の側面についたものはゴムべらで落としながら練る。5〜6分すると堅くなってくるが、さらに2〜3分練ると少し柔らかくなる。乳白色だったものに少し透明感が出てくる。しゃもじを持ち上げると最初はスルスルと落ちていたものが、たらたらと落ちるようになれば練り上がり。ここまで18〜20分くらいかかる。
7.水で内側を濡らしておいた流し缶や保存容器に6を一気に流し込む。表面にラップを貼る。濡れタオルを敷いた作業台に容器ごと3〜4回落として空気を抜き、容器の隅々までごま豆腐を行き渡らせる。
8.表面にできた気泡をラップの上から指で端に寄せて除く。残ったごく小さな気泡はラップの上から楊枝で刺して、指で押さえて除く。そのまま常温で1時間ほど冷まして固める。
9.冷めたら容器から出して好みの大きさに切り、器に盛る。わさびをのせ濃口醤油を少量かけて供する。
「ごま豆腐 和三盆蜜かけ」(左)
【材料(作りやすい分量)】・ごま豆腐(塩の量を通常のごま豆腐の1/5にする) 適量
・和三盆蜜 適量
和三盆蜜については「
じゅんさいの和三盆蜜かけ」参照
・黒豆の蜜煮(市販品でもよい) 適量
「
黒豆の蜜煮」参照
【作り方】1.ごま豆腐と同じ要領で、塩の量を通常の1/5にしてごま豆腐を練り、冷ます。
2.容器から出して一口大に切り、器に盛る。和三盆蜜をかけて黒豆の蜜煮を散らして供する。
私たちプロの料理人の中には、色や見た目を味より重視する者もいます。薄味信仰?なのか、本当は少し濃いめの味にしたほうがおいしいものでも、それは恥と、濃いめの味つけを避けます。また、味を素材にしっかりと含ませることがプロの料理と、無理に味をつけなくてもおいしい素材に味をつけて台無しにしてしまうこともよくあります。何より、皆さまがおいしいと思う味にしてください。人の味の好みは様々です。ご自身・ご家族の好み、体調に合わせた味に調整しましょう。レシピに示す調味料などの分量は一例に過ぎません。注目していただきたいのは素材の組み合わせと料理手順、どんな調味料を使うのかということです。味の加減は是非お好みで。