野菜と羊乳チーズの滋味あふれる、アブルッツォ州の郷土料理を味わう
イタリア半島の中部、アドリア海に面したアブルッツォ州は、ラツィオ州に隣接し、ローマから車で3時間ほどで、主だった海辺の街へ行くことができます。昔から沿岸部では漁業を、内陸部では農業を営み、季節に応じて羊を移動させる牧畜業を行ってきました。自然との共生を基本とするアブルッツォの食はシンプルで味わい深く、心に染み渡るおいしさに満ちています。
前回の記事「アブルッツォ州のワインが今、とてもおいしい!」を読む>>アブルッツォ伝統料理を代表するアロスティチーニは、羊の串焼き。見た目は日本の焼き鳥にそっくり、味つけは塩のみです。イタリアでは、昔は野菜を生で食べることはほとんどありませんでした。夏の盛りに採れた野菜は塩漬け、酢漬け、オイル漬けなどの保存食にして、次の夏の収穫まで大事に食べるという暮らしだったからです。チーズやサラミもそもそも保存食。時間がたつとともに熟成し、旨み成分が増すという自然の仕組みを生かした食品です。
アブルッツォは今もなお、この昔ながらの食が生きている土地として知られています。ローマやミラノといった大都市ではなかなか出会えない伝統の味がしっかりと息づいており、イタリア人もそんな“懐かしの味”を求めて訪れるような場所なのです。
アペリティーヴォのワインを楽しむためのおつまみは、地元産のペコリーノと豚のサラミやハム。一日の仕事を終えてのアペリティーヴォ(食前酒)。ワインのお供はペコリーノ(羊乳チーズ)、サラミやハムです。ペコリーノはイタリア中部から南部にかけて、各地で作られていますが、ローマでよく食べられるペコリーノ・ロマーノや、サルデーニャ島のペコリーノ・サルドなどに比べて、アブルッツォのペコリーノは塩がマイルドで優しい味わい。短期熟成のタイプから長期熟成させたものまでさまざまあり、食べ比べる楽しみもあります。
サラミや豚の腰肉を使ったロンツァと呼ばれるハムも定番のおつまみで、塩だけのもの、パプリカパウダーを使ったものがあります。いずれも塩はあまり強く効かせず、熟成した肉そのものの旨みを味わうものです。
羊肉のミートボールのペペローネ(パプリカ)ソースと、ロンツァにリコッタクリームを添えた前菜。農作業の合間の手軽なおやつ、あるいは羊飼いが放牧先で食べる携帯食が多いのもアブルッツォの食の面白さです。フォカッチャに野草のオイル漬けを挟んだサンドイッチ、薄い生地にチーズを詰めて焼いたチーズパイなど、シンプルで日持ちするのが特徴。
フィアドーネという名のスナック。チーズと卵を混ぜ合わせたフィリンングをパスタ生地で包み、オーブンで焼いたもの。ふんわり軽く、程よい弾力があってとても美味。白ワインやスパークリングワインによく合います。また、イタリア料理は一般的に、前菜、パスタやスープなどのプリモ・ピアット、肉や魚のメイン料理であるセコンド・ピアットといった順に供されることが多いのですが、農作業の間に一品で栄養と満足感を得られるように考えられたピアット・ウニコも、アブルッツォの伝統的な食です。
パッロッテ・カーチョ・エ・オーヴァ、チーズと卵のボールという名前の伝統的なピアット・ウニコ。粉を使わず、すりおろしたチーズ(羊乳・牛乳の両方)、卵、にんにく、イタリアンパセリを混ぜて団子状にし、油で揚げ、トマトソースで煮込みます。パスタは手打ちが主流。代表的なのは、長方形の木枠にギターの弦のように針金を何本も張った道具に、のばしたパスタ生地を麺棒で押しつけてカットした、キターラと呼ばれるパスタ。スパゲッティとは違い、断面が四角いのが特徴です。ちなみにアブルッツォ州に隣接するラツィオ州ローマでは、同じパスタをトンナレッリと呼びます。ローマではすりおろしたペコリーノ・ロマーノと黒こしょうをたっぷりかけるのが代表的な食べ方ですが、アブルッツォではトマトとペペローネ(パプリカ)などの野菜を煮込んだソースと合わせるのが王道。このソースは他のパスタにも頻繁に使われます。
羊飼い風アネッリーニというパスタ。セモリナ粉を使い指輪のように成形したフレッシュパスタのアネッリーニをなす、玉ねぎ、ペペローネ(パプリカ)、トマトのソースで和え、仕上げにフレッシュリコッタを散らします。アブルッツォの人々にとって、野菜やチーズ、ハムやサラミが普段の食事の中心。ごくたまに食べるのが身近な家畜の羊ですが、乳を取るのが目的なので、肉として食べるのはオスの子羊か乳が出なくなった羊です。
子羊はともかく、年老いた羊はそのまま食べるには堅いので、ひき肉にするなどの工夫が必要。そこで考え出されたのが、肉を串に刺した状態でダイス状に切り分けることができる四角い専用の容器。この串刺しの羊肉を炭火で焼いたものが、アロスティチーニというアブルッツォ伝統の祝祭の料理です。
羊飼いにとって大切な存在である羊を、少しでも無駄を出さずに使い切るという発想から生まれた料理でもあります。道具を使うとはいえ手間がかかるので、串刺しまでの下ごしらえをしたものが精肉店で売られています。
焼き上がったアロスティチーニは冷めないように壷に入れて食卓へ。食事の締めくくりはやはり甘いもの。ヴィーノ・コットと呼ばれるブドウの搾り汁を煮つめて、樽で熟成させたデザートワインとともにビスコッティを楽しみます。トスカーナ州などでも知られるアーモンド入りの2度焼きビスコッティの他、モンテプルチアーノ種のブドウで作るジャムを包んだチェッリ・ピエーニはアブルッツォならではのお菓子。詰めもののパスタのトルテッリのようなふっくらとした形が特徴です。
また、羊乳のリコッタを使ったデザートも。砂糖やはちみつを控えめにして、羊乳本来のほんのりとした甘さを生かしたフレッシュなお菓子は、この土地でしか味わえません。
ズブリチョローザという名前のリコッタとクランブルを組み合わせたデザート。リコッタの自然な甘さと、表面にあしらったチョコレートのコントラストがポイント。味わいが全体的に穏やかで、素材の持ち味がじんわりと伝わってくるというのがアブルッツォの食の特徴です。そして、そんな食によく合うのが地元産のワイン。そのことを熟知しているワイナリーでは、レストランやアグリトゥリズモ(農園が営む宿泊施設)を併設していることもあります。また、ワイナリーに聞けば近隣のおいしいお店を教えてもらうこともできるでしょう。ワインと郷土の料理を味わう旅なら、アブルッツォは最高の目的地の一つ。そして、イタリアの都市部にはない、ゆったりと流れる時間と豊かな自然を楽しめるのがアブルッツォ旅の最大の魅力です。
取材協力:
アブルッツォ州ワイン協会Consorzio Tutela Vini d’Abruzzo
https://www.vinidabruzzo.it 池田愛美
雑誌編集部勤務を経て1998年、イタリア、フィレンツェヘ。主に食の分野で取材執筆活動に従事。webジャーナル、
SAPORITAWEB.COMを運営。ジャーナリスト協会Free Lance International Press (FLIP)会員。著書に『Dolce! イタリアの地方菓子』、『ウィーンの優雅なカフェ&お菓子』、『極旨パスタ イタリア直伝レシピを究めた本当の美味しさ』、『完全版イタリア料理手帖』、『イタリア「地パスタ」完全レシピ』(すべて世界文化社)など。
撮影/池田匡克