片岡義男1939年東京生まれ。早稲田大学在学中にコラム執筆や翻訳を始める。1974年『白い波の荒野へ』で小説家デビュー。1975年『スローなブギにしてくれ』で第2回野性時代新人文学賞受賞。小説、評論、エッセイ、翻訳などのほか、写真家としても活躍。片岡義男.comにて全著作の電子化に取り組んでいる。すべての人生に物語があることを知る
1980年代、『スローなブギにしてくれ』、『メイン・テーマ』、『彼のオートバイ、彼女の島』などの作品が次々と映画化されたことを記憶しているかたも多いだろう。
片岡義男さんは、1974年のデビュー以来一貫して、佇まいの美しい男女を描き続けてきた。
最新刊となる本書は、8編が収められた短編集だ。特徴は、一つの作品の後に、著者本人による解説が続くということ。ストーリーを読み終えると、次に、書きながらどんなことを考えていたか、なぜこのタイトルなのか、といった舞台裏が語られる。
この組み合わせが著者と読者との距離を縮めているようだ。そのことについて片岡さんに伺うと、「何かひと言でもいいですから、書いてください、という編集者の求めに応じただけです」とのこと。しかし、より濃密な読書体験が得られるのは確かだといえる。
この8編は、片岡さんのすべての著書の電子化を進めているウェブサイト「片岡義男.com」で初公開されたもの。
小説から評論やエッセイ、書評、その他の読み物まで、あらゆる過去の著作を電子化するのみならず、新作を発表する場ともなっている。会員登録するとすべての作品を閲覧できる仕組みだ。
このプロジェクトについて片岡さんは毎日新聞のインタビューで「好きなことを好きなように書いて、好きなときに発表できる」と語っている。
読書好きのなかには“紙の本派”も多いが、片岡さんは自身の読書について、「文章を読むものですから、本もウェブサイトも、同じです。必要に応じて、紙の本も電子書籍も、区別なく読みます」という。
このフットワークの軽さ、現代性が、今なお鮮烈な作品を生み出し続ける源泉なのかもしれない。
片岡作品には、さまざまな背景をもつ幅広い年齢層の女性が登場するが、みな自立し、さりとて頑なではなく、チャーミング。こうした女性の描き方について、片岡さんが留意していることを伺った。
「言葉に魅力がないと、どうにもならないのが、小説の主人公です。言葉は自分の体験が作ってくれます。何かをずっと続けることです」
この回答は、私たちの生き方のヒントにもなり得るだろう。
また、本書に収録されている「人生は野菜スープ」という短編は、同じタイトルで設定のまったく異なる作品がすでに2作存在し、本作は3作目となる。
本書の「あとがき」に詳しいが、ひょっとすると4作目の「人生は野菜スープ」を読める日が来るかもしれない。
こうした作家独自の試みをリアルタイムで楽しむことができるのは、同時代に生きる読者のみに与えられる贅沢といえるだろう。
装画/塩川いづみ 装丁/鳴田小夜子〈KOGUMA OFFICE〉『これでいくほかないのよ』
片岡義男 著/亜紀書房雇い止めにあい地元に帰った20代後半の女性、フォークランドと中国を股にかける奇跡を経験した50代の男性、仕事を失ったホステスとバンドマン。さまざまな主人公の日常を、よく切れるナイフで切り取ったかのような短編集。
「#今月の本」の記事をもっと見る>> 構成・文/安藤菜穂子
『家庭画報』2022年8月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。