エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2022年9月号に掲載された第14回、吉本ばななさんによるエッセイをお楽しみください。
vol.14 心に生きる和菓子たち
文・吉本ばなな
大学時代、私は茶道部に入っていた。晴れのお茶会以外の地味なお稽古のときには、一応そのときの季節に合うかも?という程度のざっくりした感覚で、大学の近所の近所の小さな和菓子屋さんで茶菓子を買った。
お腹が減った大学生の部員たちに人気があるのは、腹持ちが良いお菓子だった。つまり、花びら餅(ごぼうになんとみそまで入ってるし)、道明寺、柏餅、あゆ(あゆの形をした初夏〜夏のお菓子。カステラ生地で求肥を包んである。正式には若鮎というらしいのだが、そのお店に売っているのは明らかにでかあゆだった)、お饅頭などであった。お茶がたてられてやってくるまでに食べ終えることができないほどの大きさのものばかりで、よく先生に叱られた。
先生が帰った後で勝手にたてたお抹茶で、余ったあゆを頭から踊り食い?などして、部員たちとおしゃべりし、至福のときを過ごした。
先生には誠に申し訳ないし茶道の心もだいなしなのだが、そのとき、和菓子との関係は人生のいつよりも良かった気がする。
今もなお、夏の料亭や地方の露店でほんものの鮎をいただいたときも、あのお菓子を思い出すほどだ。
母が亡くなる直前、これまで全くお菓子に興味がなかったのに、「みたらし団子を食べたい」というようになった。家族全員がものすごくびっくりした。甘いものを忌み嫌っていた母だったからだ。それには理由があった。母は若い頃に当時死病といわれていた結核をわずらって、食べたくないものをむりにたくさん食べさせられて、すっかり食べることが嫌いになってしまっていたのだった。
でも、歳をとってそれまでの気持ちがリセットされたのか、味覚が少女に戻ったのか、みたらし団子だけは食べてくれるようになった。しかもあまり凝ったものではなくて、単純な見た目と味のものを好んだ。だから母のお見舞いに病院に行くときにはいつも、青山の大きなスーパーに寄って、お花とみたらし団子を買った。
今でもそのスーパーに行って、あのときと同じみたらし団子が並んでいるのを見ると胸がいっぱいになる。母に持っていってあげたいなと思うのだ。
吉本ばなな1964年、東京生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。『TUGUMI』『アムリタ』をはじめとする受賞作品多数。著作は30か国以上で翻訳出版され、海外での受賞作品も多くある。近著に『ミトンとふびん』『私と街たち(ほぼ自伝)』など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃんとふしばな」をまとめた文庫本も発売中。
表示価格はすべて税込みです。