2020年に永眠した愛猫まるがよく寝ていたテラス。養老先生は「今も寂しいですね。頭をなでると血圧が下がるんですよ」と微笑みました。「余計なことを考えず、今だけを見て生きる。見習いたいです」── 松岡さん
松岡 伺っていると、先生は余計なことを考えず、今だけを見て生きていらっしゃることがよくわかります。見習いたいです。
養老 そうありたいですけどね。なかなかそうもいかないですよ。
松岡 いきませんか。
養老 邪念が入ってくるんです。また女房に怒られそうだとか(笑)。
松岡 参考までに伺いますが、長年一緒にいらしても、奥さまに怒られる感覚というのは変わりませんか。
養老 僕は全然変わりません。人によるのだろうと思いますが。
松岡 それはいやなものですか。
養老 いやというより、慣れちゃいましたね。冬が寒いようなもので。
松岡 冬が寒い!(笑)
養老 怒られるのも案外いいものですよ。僕は虫好きだとか、世間の基準と合わないところがかなりあります。それでもやっていけるのは、女房が怒ることで世間とのずれを補正してくれているおかげです。
自分の死は考えないこと。考えるだけ無駄
松岡 素晴らしい奥さまですね。最後に、死について伺います。人間は必ずいつかは死ぬわけですが、どう捉えたら前向きに生きていけるでしょうか。
養老 考えないことですね。死の中で自分に影響があるのは二人称の場合だけです。家族に死なれたらこたえるし、猫に死なれてもこたえる。三人称の場合は、たとえばコロナで亡くなった人の数をニュースで知っても、自分と直接関係がないので単なる情報にすぎません。じゃあ、一人称はどうかといえば、死んだら自分は意識がなくなるのだから、考えてもしょうがない。考えるだけ無駄ですよ。
松岡 考えてもしょうがないとのことですが、先生ご自身は、死について何かイメージはありませんか。
養老 「溶ける」ですね。溶けて跡形もなくなるといいなと思います。
松岡 溶ける! たとえ溶けてしまっても、先生が僕らの心から消えることはありませんので。今日は貴重なお話をありがとうございました。伺ったお話を嚙み締めて生きていきます。
修造の健康エール
養老先生の思いを直接伺いたい。僕の念願が叶いました。黙ってお返事を待つ時間が不思議なほど心地よい......。インタビュアーになって初めて、そんな感覚を味わいました。
先生のお話にいちばん多く登場した言葉は「日常」でした。平凡な日常が続くことがいかに尊いか。「日常茶飯事」という表現がありますが、日常に感謝しようと呼びかける気持ちで、「日常感謝事」という文字を書きました。
先生はまた、大好きな虫採りのコツも教えてくださいました。「虫と目を合わせないこと。合ったら逃げちゃう。あと、体に力が入っていると虫は見えません。森の中に無心で座っていると急に見えてくる。『あ! あそこにいる』ってね」。無邪気に話す先生は少年のようで、ますます敬愛の念が強くなりました。
松岡 修造(まつおか・しゅうぞう)
1967年東京都生まれ。1986年にプロテニス選手に。1995年のウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化本部副本部長としてジュニア選手の育成・強化とテニス界の発展に尽力する一方、テレビ朝日『報道ステーション』、フジテレビ『くいしん坊!万才』などに出演中。大人気シリーズ『修造日めくり』の最新作『まいにち、つながろう 心と心はノーディスタンス』は全ページ本人による音読(QRコード)付き。ライフワークは応援。
撮影/鍋島徳恭 スタイリング/中原正登〈FOURTEEN〉(松岡さん) ヘア&メイク/大和田一美〈APREA〉(松岡さん) 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2022年9月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。