創り手に導かれた演じ手としての未知なる境地
30年以上の長いキャリアで、映像作品はもとより、話題の舞台作品にもその名を連ね、幅広い役を演じてきた仲村トオルさん。その役者人生を振り返ったとき、演じるうえで成長を実感した作品はあったのだろうか。
「明確に思い出せるのは、1990年に市川森一さんが脚本を書かれて、吉村芳之さんが演出をされたNHKのドラマ『夢帰行』です。当時25歳だった自分にとって、とてもいい現場でいい環境でした。このとき、俳優を始めて5年目にして“できるようになった”という感覚があったんです。それまでは“できる”という状態になる手前に自分でハードルのようなものを置いてしまっていたのですが、余計なものを置かなくてもできるようになったなと思えました。あの経験を手応えというべきなのか、錯覚というべきなのか……。その後、別の映像の現場に行ったときに“できなくなっている”と思ったことがありました。だから一度獲得したものもいつの間にか失っている、その繰り返しを重ねてきたように思います。ですから、自分の力で目指したものに届くようになったのではなく、監督や演出家のかたのおかげで届いたという感覚だった気がします」
当時のご自身の心情を正確に言葉にしようとしてくれる仲村さん。今回出演する『住所まちがい』を演出する白井 晃さんについても語ってくれた。
「僕の舞台の経験がまだ3度目という未熟だったときに白井さんが演出する作品と出会えたのは、大きかったと思います。それが2005年に上演された『偶然の音楽』でした。僕が演じたのはジム・ナッシュというアメリカ人だったのですが、当時の僕は自分には日本人しか演じることはできないと思っていたんです。ところが白井さんが創る世界は西洋人だとか東洋人だとか、あるいは過去なのか現代なのかを気にすることなく、普遍的で、人間の本質のようなものを求められるので、先入観なくその世界に入っていくことができました。白井さんはきれいな言葉や美術を選ぶ紳士的なかたなので“美しさ”を優先しなくても結果的には美しいものを創り上げます。一方で、ご自身のお名前のとおり“
あきらめない”という貪欲さも持ち合わせたかた。そういうところが僕にとって魅力的です」