先輩たちから感じ取った人間としてのあり方
『住所まちがい』で仲村さんが演じるのは社長役。限られた登場人物の会話で成り立っている翻訳劇の言葉が、どのように形となっていくのだろうか。
「登場する社長、教授、大尉は、ビジネス、学問、軍隊というそれぞれの世界で地位があって、人にどう思われたいかを気にしている男たちだと思っています。シンプルな言葉でいうと“偉い”といった褒め言葉を求めている人物たち。“褒められたい”は、幼い頃に芽生えて老人になっても消え去ることのない人間の欲望の一つだと思います。それ自体、普遍的な人間の物語になるような気がします。立場の違う人間たちが一つの空間を自分のためにある空間だと主張しあうことには、世界のあちこちで起こっている“ここは我々の場所だ”とせめぎ合う2022年の今に通じるものがあるように思いました」
仲村さんのほかには、教授を田中哲司さん、大尉を渡辺いっけいさん、そして謎の女性を朝海ひかるさんが演じる。引き出しの多いベテランの俳優が集結した。
「どのかたも舞台経験が豊富なので、ご迷惑をかけずについていかなければならないと本当に思っています。新しい役に挑むときはいつもゼロからやり直すという思いで臨んでいますけれど」
「俳優にとっていちばん大切な準備はちゃんと生きること。それが“かっこよさ”につながると思います」── 仲村トオル
その謙虚さにも初心を貫き、素敵に歳を重ねてきた仲村さんの魅力が光る。
「僕は俳優としての自分と個人としての自分が合わさった1人の人間なので、いちばん大切なのは“ちゃんと生きること”だと思います。まだ20歳ぐらいの頃にかっこいい先輩たちを見て、どうしてあんなにかっこいいんだろうと考えたときに、“ずるいことをしたり、手を抜いたり、かっこ悪いことをしないでちゃんと生きてるから、かっこいい”ということに気づいたんです。これは間違いなく大切なことなので自分の引き出しに入れておかないといけないと思っています。娘たちにも“自分らしさをアピールしなくていいんだよ”と話したことがありますが、相手が“あなたらしい”と感じ取ってくださるのが、自分の個性や人間性だと思うからです。そして俳優という仕事を通して経験したことが、僕の人生に影響を与えたことは間違いありません」
仲村トオル/なかむら・とおる
1965年、東京都生まれ。1985年映画『ビー・バップ・ハイスクール』で俳優デビューし、数多くの新人賞を受賞。以降、『あぶない刑事』シリーズ、『チーム・バチスタ』シリーズなど30年以上にわたり、枚挙に暇がないほどの映像作品や、『偶然の音楽』、『オセロ』、『遠野物語・奇ッ怪 其ノ参』、NODA・MAP『エッグ』、KERA・MAP『グッドバイ』、『プレイヤー』など舞台作品への出演もコンスタントに続けている。
りゅーとぴあ×世田谷パブリックシアター『住所まちがい』
宣伝美術/近藤一弥 宣伝写真/二石友希ミラノ・ピッコロ座の座付き作家であるルイージ・ルナーリが1990年に発表したイタリアの現代演劇『住所まちがい』の日本初演。ルナーリが来日した際に意気投合した白井 晃がルナーリの代表作ともいえる本作を演出する。
中年の男性3人と女性1人の4人が登場し、自分の生存すら不確かな極限状況で展開されるそれぞれの人生観が詰まった会話の妙が楽しめる作品。出演は仲村トオル、田中哲司、渡辺いっけい、朝海ひかる。
世田谷パブリックシアター2022年9月26日〜10月9日
S席7500円ほか
世田谷パブリックシアターチケットセンター:03(5432)1515
公演の詳細はこちら>>※愛知、兵庫、長野、新潟公演あり
撮影/岡積千可 構成・文/山下シオン ヘア&メイク/国府田 圭 衣装協力/Yohji Yamamoto
『家庭画報』2022年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。