私は、芸術家よりも職人こそ評価されるべきだと思うのです。
右:長唄演奏家・邦楽研究者 稀音家義丸(きねや・よしまる)さん 1930年東京都生まれ。父は長唄研精会三味線方稀音家和喜次郎。/左:長唄演奏家・雛人形収集 犬飼昌子(いぬかい・まさこ)さん 1934年東京都生まれ。63年「長唄稀音会」所属。93年ご主人と「稀音家義丸之会」を結成、公演多数。これまで集めた雛人形を博物館へ寄贈。「小さきものは、皆うつくし」――。
枕草子のこの一文から、私たちが古来小さなものを愛でていたことがよくわかります。「子供の頃から、小さなものに惹かれていました」という犬飼昌子さんは、戦時中に学童疎開先でたまたま手に入った画用紙で3センチ角のランドセルや筆箱、ノートを作り、周囲から褒められました。
「楊枝を削り先端に色を塗って、鉛筆に見立てて。そんな工夫がとても楽しくて。自分が小さくなって、小さい人たちの世界の住人になったような気がして、どきどきしました」
時を経て、稀音家さんに嫁いだ犬飼さんに忘れられない出合いが待っていました。旧皇族の北白川家から、ご主人のお姉様の誕生祝いとして贈られた見事な細工の雛人形。
「あまりに美しくて、この家に嫁いできてよかったと思いました(笑)」と犬飼さん。それがきっかけとなり、犬飼さんは「細工雛」と呼ばれる小さな雛人形を集めることになります。さらに今から40年前、江戸小物細工の名工・服部一郎さんの存在を知ります。
江戸小物細工とは明治頃、江戸文化を懐かしみ、小さなサイズで家や店を作ったのがはじまり。葛飾区の伝統工芸士にも認定されている服部さんの仕事ぶりに驚嘆した犬飼さんは、ご主人と個展に足しげく通い、その虜になりました。
「すし屋」「おもちゃ屋」などの屋台「朝顔売」「金魚売」などの物売りそして、おやしろや鳥居、松、柳……。「細工の緻密さは、ほかの方の追随を許しません。色彩感覚が素晴らしく、品格がある。それでいて、温かみを感じさせるところが魅力です」と犬飼さんはいいます。
「おもちゃ屋」
お面や人形、張り子の虎に太鼓、凧や羽子板……。子供の歓声が聞こえてきそうな、さまざまな玩具が並びます。奥に並ぶダルマなど一つひとつの玩具に、目が描かれています。「金魚売」
直径2・5㎝の桶の中には赤と白の模様の金魚が。金魚すくいの道具や桶の継ぎ目までが緻密に表現されています。16世紀初めには特権階級のものだった金魚は次第に庶民のものに。服部さんは「父の作品は、金魚に目が描かれていた。自分はまだまだ至らない」と語っていました。