究極のハイジュエリー 第13回(全20回) 目にするだけでも夢や幸福感を誘い、生きる力を与えてくれる、究極のハイジュエリーをご紹介いたします。
前回の記事はこちら>> ジュエリーデザインの変遷と自然モチーフ
監修・文/山口 遼 宝石史研究家
人類が作り使用してきた数多い道具の中で、ジュエリーは最古のものの一つである。世界各地で発掘される遺跡で、広い意味での装身具が出土しない遺跡は一つもない。そうしたジュエリー、装身具のために、先人たちはどんなデザインを使ってきたのか、少し眺めてみたい。
一言でいえば、あらゆるものがジュエリーデザインになっている。古代のジュエリーにも自然のモチーフ、つまり動植物のものは多いが、やはり自分達が信じていた神々の像が多く、また民族のリーダーであった王様の像なども多い。不思議なことに、今日でいう抽象的なデザインのものも少なくない。特にエトルリア人たちが作った精緻を極めるジュエリーに具象は少ない。
中世になると、西欧ではキリスト教の力が強くなり、個人の装身具というよりもキリストと教会とを荘厳にするためのデザイン、つまり4世紀頃に始まる十字架やキリスト像、聖書の場面、聖人の像などがデザインの中心となる。美しさよりも荘厳なものが多い。聖遺物入れなどの実用具も多く残っている。
こうした重苦しさをはねのけるように生まれたルネッサンス時代になると、ギリシャ、ローマの肖像を模したもの、さらには欧州各地に生まれた王国の君主たちの肖像をモチーフにしたジュエリーが増え、作品としてはペンダントが増える。並行して、自然の文物をデザインしたものも登場するが、まだ数は多くない。ルネッサンスは人間の時代であったと思う。
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山口 遼さんの連載「ジュエリーお買い物学」>>やがて近世に入り、ジュエリーの一種の大衆化が始まるとともに、人々がすぐに理解できる自然の文物がモチーフの中心となるのは、
こちらの記事に掲げたとおりである。鳥、羽根、昆虫――上に載せたバッタの指輪が好例だ――貝殻、月、星、爬虫類などがデザインの中心となる。衣服の決まりごとから生まれた下の大きなコサージュブローチや、インドなど外国から流入した
エイグレットなどの新顔が登場するのもこの時代である。
その後、アールデコを経て第二次世界大戦後のアメリカが主たる市場となるにつれ、具象のデザインよりも抽象的なデザインが中心となり、今日に至っている。特に近年では、コンピュータを利用した3Dと呼ばれる自動成形によるデザイン作りが登場すると、自然の複雑な形状のものよりも簡単な直線や曲線を中心とするデザインが増え、コストが安価なこともあり、業界の中心となりかかっている。
業者の中でも、愚かにもこれからのデザイナーはコンピュータが扱えれば良いなどと高言するものもいる時代になった。だが待ってもらいたい。人間の最も奥深いところから生まれ、数千年にわたり使われてきた自然のデザインテーマが、そう簡単に機械が作ったデザインに負けるわけはないと思う。
もし、人の使うジュエリーが、全てそうした人間らしさを離れたものになるのなら、それはもはやジュエリーとはいえないのではないか。どちらが正しいのかは、今後の歴史が教えてくれると信じている。
アルビオンアート・コレクションより
リュシアン・ガイヤール作 グラスホッパー・リングゴールドスミスの一族であるリュシアン・ガイヤールは、アールヌーヴォーの主要なアーティストの一人。日本美術の金属加工に影響を受け、昆虫に想を得るようになる。グラスホッパーが指に止まり、今にも飛び立とうとしている生き生きとした様子が感じられる逸品。(1900年頃、エメラルド、エナメル、ゴールド)/アルビオンアート・コレクション
ポール・タンプリエ作 コルサージュ・オーナメントこの時代、フォーマルな場では頭上のティアラやエイグレットと同じくらい重要であったコルサージュ・オーナメント。オールドカットダイヤモンドがセットされた、蕾と葉の垂れ下がった蔓は連結されており、さまざまなブローチやヘアオーナメントとしても使えるコンバーチブルデザインになっている。(19世紀後期、ダイヤモンド、シルバー、ゴールド)/アルビオンアート・コレクション
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一人の日本人が集めたジュエリーの大コレクション「アルビオンアート・コレクション」をご存じですか 撮影/栗本 光
『家庭画報』2022年10月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。