カルチャー&ホビー

工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第7回「二人の愛は新しい段階に(後編)」

2022.10.13

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「明日という日がある」とか「今日から始めれば、すべてが遅すぎるということはない」とか、私の母はまことに楽天的な人間で、常に自分は進歩すると思い込んでいた。この根拠のない自信は何なのだろうと娘の私は、いつも不思議だった。しかし、ミエさんもまた、自信たっぷりである。カレシが「あなたほど素晴らしい女性に会ったことがない」といつも言ってくれるのだから、前進を信じるのは当然だ。

となると、女性の美醜や幸不幸は客観的な視点で決め込むものではないとわかる。若くて、誰もが羨むような美貌の女性でも、家族関係が壊れてしまったり、経済的に大きな負担を負っていたら、将来に希望を抱けなくなるケースは多々ある。まして男性不信に陥っていたら、どんな男性が現れても、我を忘れて夢中になることはない。安全と言えば安全だけど、やっぱり冒険があってこその人生だ。

ミエさんは高齢であり、木村氏のためにお金もかかる。その原資は心配の種だ。それでも、すべての憂いを忘れさせるのが恋愛のようだ。良い恋愛とは、そんなものかもしれない。悪い恋愛は、気持ちが現実の中で安住できず、常に疑心暗鬼に襲われる。これは主観的な問題なので他人は立ち入れないことだが、悪い恋愛のどつぼに嵌(はま)ったがために、もがいている例はずいぶん見て来た。


私は自分がお節介を焼いたことが役立ったようで、気持ち的には満足だった。長生きするのも悪くない。妥協も勘違いも含めての女の一生かという感慨に浸っていた。

そこに、元気な声で、またミエさんから電話があった。

「ちょっと別の相談なのよ。工藤さんにっていうより、ほら、あの頭の良い美人のノンちゃんに聞いてもらいたいの」

屈託のない声で喋り出した。 アンティームオーガニックのローションなどを紹介してくれたのはノンちゃんだと私が言ったので、憶えていたらしい。

「はい。はい。次はノンちゃんに何を調べてもらうの?」

「それね、出来たら会って話したいんだけど、この頃、木村が週に2回も来る時があって、私も忙しいの」

「うんうん。忙しいのね」

答えながら「うちの亭主なんて週2回どころか毎日ずっと家にいて、私は3食飯炊きしてるわよ」と心の中で悪態をつく。

ぐずぐずと逡巡した後でミエさんは3日後の土曜日の午後を指定した。以前と同じ喫茶店だ。
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