彼女の癖で、会ってすぐには用件を切り出さない。アイスクリームを食べてから、おもむろに自分の最大の関心事を話し始めた。
「工藤さん、私の顔を見て何歳だと思う?」
いきなり直球を飛ばして来た。
「まあ、年齢相応じゃないかしら。何かの記事で読んだけど、イギリスの統計では人間ってどれほど美しくなりたいと思って、整形手術をしたりマッサージをやったりしてみても、せいぜい2歳くらいしか若返らないんですって。必ず、実年齢はわかるものなんですって」
「そうねえ、テレビで芸能人や有名人の女性を見て驚くことはあるけど、あれ顔を切って皮を引っ張り上げてシワを伸ばすわけでしょ。そうすると不自然に見えるわね」
私はそうねと同意を示すために頷きながら、ミエさんは、いったい何を言いたいのだろうと疑問だった。ごく普通の高齢女性にとっては、外科的な施術を顔にする選択肢はあり得ない。怖い、痛い、高い、その上失敗したり医療事故があったら終わりだ。
「だからね、私は考えたの」とミエさんは言葉を続ける。そういえば、今日の彼女はいつもより化粧が濃くて口紅も赤い。もしかして、突然のように顔が気になりだしたのか。それも恋人が出来たからか。
「あの人がね、いつもミエはきれいだ、可愛いって言ってくれるんだけど、この前初めて『シワが増えたね』としげしげと私の顔を見たの。この年だからシワがあっても気にしていなかったんだけど、あの人に言われたら急に気になって来て。私ってそんなにシワクチャかしら?お婆さんみたい?」
こういう質問をされるのが一番困る。彼女はけっして醜くはないけれど、若く見えるわけでもない。年齢相応である。でも、「年相応でしょう」と言えばがっかりするに決まっている。
「いいじゃない、そんなことどうだって。もう容姿で勝負する必要ないじゃない」と言ってから、あ、失敗したと気づく。ミエさんは自分の容姿で木村氏を虜にしたと信じている。私は他人以上に美人なのだという事実をしっかりと握りしめた上でのこの質問だ。
じゃあ、どう答えたら良いのか。そうだ、方向転換するしかない。
「なんで急にそんなに気にするの。ミエさんはミエさんよ。木村さんが美しいと思ってくれているんだからいいじゃない」
「そうじゃないから、工藤さんに相談してるのよ」とミエさんは恨めしそうな顔で私を睨んだ。そして堰を切ったように話し始めた。
「最近ね、鏡を見ると自分でもわかる。ホントのホントのトコトン年寄りの顔しているって。シミとか顔のくすみはなんとか誤魔化せるけど、シワはだめよ。目の下やほうれい線は日に日に深くなっている。これをなんとかする方法をノンちゃんに聞いてみてくれないかしら。切って引っ張り上げるのは嫌よ。すぐ他の人たちにわかるから。サークルの人たちなんて、どうせ私が色ボケしたって陰口叩くに決まっているわ。ね、何か自然にシワが伸びる方法ってあるんじゃない。探してちょうだいよ、なるべく早く、ねぇお願い」
こうなると、もうミエさんは他人の意見には耳を傾けないことを私は知っている。
「わかったわ。近いうちにノンちゃんに連絡して聞いてみるから、ちょっと待ってね」と、その日はミエさんを懸命になだめて、別れたのだった。
工藤美代子(くどう・みよこ)ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。