毎年夏になると若い獣医学生たちが私の病院に勉強にやってくる。様々な相談を受ける前に私は彼らに必ず尋ねる。
「ネエ君、動物は好きかい?」
返事が「ハイ」であることは想像にたやすいが、意地悪な私はごく初歩的な質問をしてみたりする。
「犬が夢を見て寝言を言うの知ってる?」
「知りません」
「動物が好きなのにそんなことも知らないの? 私は3歳の時に知ってたよ」
「すいません」
「どうして獣医になろうと思ったのさ?」
「先生のようにビッグになりたいんです」
「というと?」
「大きな建物で、人をたくさん使って、いいクルマに乗って、まるでライオンみたいな……」
「俺は獅子ではなく犬だよ。みんなにやれと言われたことを泥まみれになってやる犬だ」
「いえ、そんな……」
「犬なんだよ! 犬ナメんな!」
私は若い彼らに解いて聞かせた。
「良い雌を獲得するために良い生活を求めるのは君たちの生物としての本能だが、自分の欲望を優先する仕事は死事といって皆に嫌われるよ」
「は?」
「自分を犠牲にして人が求めることをやり遂げれば褒美が貰えるんだよ」
「はい……」
「お金を追いかけるなということだよ」
「はい……」
「ビジネスだと思うな、正義を目指せ!」
「はい……」
「気合いだー!」
「はい……」
「気合いだー!」
「はいい~!」
「とにかく動物を好きになりなよ。それと犬ナメんなよ」
若い彼らには厳しい問答だったが別にお客様じゃないし。でもきっと私と話したことで良い結果が出るはずだ。知らんけど。とりあえず悩める相談者たち全員に輝ける未来あれと願う私であった。
野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう)
野村獣医科Vセンター院長。東京・中野に位置する病院で、最先端の医療設備と大勢のスタッフと共に、年中無休で診療にあたる。自らも熱烈な動物マニアで、どんな生き物であれ命は等しいという思いの下、哺乳類から鳥類、爬虫類、魚類、昆虫まで飼育。その飼育経験や研究成果は治療や患者への説明に生かされる。
『家庭画報』2022年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。