3人の子を持つ父という共通項もあるお二人。壁に輝く「IQB」のロゴがスタイリッシュな定量生命科学研究所のエントランスにて。地球上の生物は一蓮托生。「人間だけ幸せ」はない
松岡 絶滅といえば、先生はご著書で人類が100年後に絶滅する可能性に言及されていますね。
小林 100年後かどうかはわかりませんが、このままいったら、確実に人類は絶滅するでしょう。今は第6次大量絶滅期にあって、ものすごい速さで生物種が消えていっている。恐竜が絶滅した第5次大量絶滅期よりそのスピードは速いです。
松岡 人が自然を、地球を壊している。
小林 それが最大の原因かもしれません。自然を破壊することで、人間は地球とほかの生物に迷惑をかけているわけですが、同時に自分たちの首も絞めている。人間はほかの生物を食べて生きているだけでなく、さまざまな形で助けられてもいますから。たとえば、受粉を行う蜂が1種類絶滅しただけで、農作物の収穫量が減って、農家は大きな打撃を受けます。ただ、地球全体から見たら、人間の絶滅は悪いことではないかもしれません。
松岡 人間にとって都合のいいことばかりを進めてきた結果、地球が怒っている感覚ですね。
小林 はい。でも、やはり我々からすると、自分の子孫にも自然に恵まれた環境で美味しいものを食べて生きながらえてもらいたいですよね。そのためには多様な生物がバランスよく生きていける世界でなければなりません。結局、地球の生きものは一蓮托生で、人間だけがハッピーになるというのは難しい。私だけでなく、多くの人がそう考えていると思います。
「十分生きた」と最期にいえるようになるために
松岡 僕が死についていちばん怖いのは、身近な人が亡くなることです。まだ経験したことがないのですが、そのことを進化の一部として捉えることができるのかどうか。
小林 それは無理ですね。私は両親を亡くしていますが、身近な人の死は喪失でしかない。人生最大級のストレスです。自分の死が周囲の人に同じような喪失感をもたらすと思うと、死への恐怖に襲われます。でも、もし亡くなる人が「十分生きたから、あとはよろしくね」といってくれたら、残された人も少しは楽になれるでしょうね。
松岡 それは救いになりますね。
小林 最期にそんなふうにいえるかどうかは、年を取ってからの生き方によるのだろうと思います。年を取ると失うものばかりだとネガティブに考える人もいますが、実際は得られるものもたくさんあります。私自身、年々できることが増えていっている実感がありますし、もっとシニア世代にはポジティブになってほしいです。研究者的にいうと、老化は面白くて、科学と社会2つの側面で捉えられるんですね。私は生命科学の分野で老化を抑える研究をしていますが、社会的側面も非常に重要で、両方が整うことで高齢者がハッピーに生きられる状態ができあがります。
日本には絶対に元気なシニア世代が必要
松岡 今の日本はそういう状態にあるとお考えですか?
小林 寿命が長くなっていることなど、科学的側面はいい線まできていると思います。あとは社会的側面ですね。高齢者が「ああ、長生きしてよかったな」と思える社会かどうか。誰もが社会から望まれて、貢献して、何かしらの生きがいを持って長生きできたら、最高ですよね? 人の社会というのは、シニア世代の力が絶対に必要なんです。昔はどのコミュニティにも頼れる“長老”がいましたが、経験や知識の豊富なシニアには若い人を教育したり、集団をまとめたりといった、重要な役割がある。そのことにもっと世の中が気づいてほしいですね。
松岡 僕は今日、テニスのジュニア選手たちの練習を見てきたんですが、彼らが無茶苦茶よく動くことに感心はしても、自分も同じように動きたいとは思わないんです。あの頃に戻りたいとも全然思わない。今は教えるほうがずっと面白いから。この感覚、わかっていただけますか?
小林 よくわかります。修造さんのように、何歳になっても、自分が幸せを感じられることを見つけて打ち込めたら、いいですよね。私自身は以前ほど研究に時間を費やせなくなりましたが、若い人を指導したり、論文を書いたりしてそれなりに楽しく過ごしています。年を取ったと嘆く気持ちは1ミリもないですね。
松岡 1ミリも!素晴らしいです。
「研究中の老化を抑える方法で元気な100歳になりたい」── 小林先生
松岡 先生は何歳まで生きたいと思われますか。
小林 できれば、100歳くらいまで生きたいです。現在、自分が研究している老化を抑える方法を試して、「実は私、こう見えて95歳なんですよ」といって、人をびっくりさせるのが夢なんです(笑)。
松岡 楽しい夢ですね!(笑)
小林 修造さんはいかがですか?
松岡 どうでしょう。まだまだ生きたいですが、いつ死んでも後悔はないなという気持ちもあります。
小林 それはある意味、今が幸せということかもしれないですね。
「地球の歴史の中で見れば死もポジティブに捉えられそうです」── 松岡さん
松岡 そうかもしれません。僕はこれまで相当ラッキーな人生を送ってきたので、「好きなことをやらせてもらえて幸せだったな」と最期に思える気がしています。今日先生から教わった「自分の死は次につながっている」と思うことで、さらに死をポジティブに捉えられそうです。
小林 よかったです。若いときはみなさん死を意識しませんが、親世代が亡くなる年になると、次は自分の番かと思いますよね。そうなったとき、心配ばかりするのではなく、現実を受け入れたうえで前を向けるといいなと、自分を含めて思います。日本には絶対に元気なシニア世代が必要ですから。修造の健康エール
ずっと明るい笑顔で話されていた小林先生の表情が、一瞬にして曇ったことがありました。僕が「若くして病気で亡くなる人の死も進化の一部と捉えていいのでしょうか」と尋ねたときです。先生は即座に「それは違いますね。そういう死は科学の力でなくしていかなければなりません」と否定されたのです。そのときの苦しそうな表情から「死」というものの奥深さを感じました。
また、シニア世代へのエールは熱く、「お年寄りは新しいものに柔軟に対応するのは苦手かもしれないけど、経験から築かれた脳のネットワークがあるので、答えを出すのは速いんですよ」とおっしゃったときは、「老化も進化の一部なんだ!」と勇気をいただきました。小林先生、これからも僕たちのお手本として進化し続けてください!
松岡 修造(まつおか・しゅうぞう)
1967年東京都生まれ。1986年にプロテニス選手に。1995年のウィンブルドンでベスト8入りを果たすなど世界で活躍。現在は日本テニス協会理事兼強化本部副本部長としてジュニア選手の育成・強化とテニス界の発展に尽力する一方、テレビ朝日『報道ステーション』、フジテレビ『くいしん坊!万才』などに出演中。『修造日めくり』最新作『まいにち、つながろう心と心はノーディスタンス』は全ページ本人による音読(QRコード)付き。ライフワークは応援。
撮影/鍋島徳恭 スタイリング/中原正登〈FOURTEEN〉(松岡さん) ヘア&メイク/井草真理子〈APREA〉(松岡さん) 取材・文/清水千佳子 撮影協力/東京大学 定量生命科学研究所
『家庭画報』2022年11月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。