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工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第9回「“老け顔”という煩悩にはまって(前編)」

2022.12.13

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さっきも書いたが、叔母さんは87歳。私より15歳も年上だ。もともと若く見える人で、つい数年前までは「松坂慶子さんにそっくりですね」などとよくお客さんに言われていた。

若見えの責任は、もちろん彼女にはない。つまりというか、もちろんというか、私が老け顔なのだろう。だが、老けて見えるなんて、自分では一度も考えたことがなかった。誰にも言われた憶(おぼ)えはない。いささか落ち込んだけど、こんなこともあろうかと、この日はなんとか気持ちを立て直した。

そして1カ月ほどが過ぎた頃、渋谷に出る用事があって、自宅にタクシーを呼んだ。


予約の時間より少し遅れてマンションの前につけてくれた運転手さんは、道路に迷ったらしく、声が尖っていた。

「お客さん、この辺は道が狭くてごちゃごちゃだね。ナビ入れても全然だめ」

「そうなのよ。ごめんなさい。世田谷は昔の田んぼの畦道(あぜみち)がそのまま路地になっているからわからないって、いつも運転手さんに言われるの」

「ですよね。でも、この土地に住んでる人はわかるのかなあ。さっき乗せたのも、やっぱりお客さんみたいに80過ぎの女性だったんだけど、テキパキ道順教えてくれたんで、すぐに抜けられましたよ」

「はあ」と呟いて、私は沈黙した。

どう見ても私は80代なのか。そういえば、コロナのために、エステは3年以上行っていない。ヒアルロン酸の注射を打ってもらったのも、ずいぶん前だ。

いや、たまたま不運が2回重なっただけかもしれない。外出時はマスクをしているから、お化粧とは無縁の生活が続いている。つまりはいっぺんに年を取ったのだろう。ここはもう現実を受け止めようぜ!と自分に明るく言い聞かせた。コロナになんぞ負けてたまるか。老け顔はコロナのせいなんだ。

しかし、そのわずか2週間後のことである。ある出版社の社長がランチに招待してくれたので、後楽園飯店へ向かった。ここは王さん、長嶋さんなど著名な野球監督たちが、しばしば訪れた店とのこと。しかし野球監督どころか有名人と呼ばれる人との付き合いも皆無の私は、その店がどこにあるのか見当もつかない。やっぱりタクシーで行こうと、またしても自宅にタクシーを呼んだ。

そうしたら、運転手さんはなぜか後楽園飯店と聞いて、東京ドームホテルの入口で私を降ろしてくれた。恥ずかしながら東京ドームを見たのもこの時が初めてだ。
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