福島の伝統工芸と食の恵みを愉しむ
「FUKUSHIMA CRAFT DINING」開催
左から、名取裕子さん、宗像利訓さん、野﨑洋光さん。 開催に先駆けて参加店舗のひとつ「分とく山」(東京・麻布)を訪れたのは、日頃より暮らしの中に伝統工芸品を取り入れているという名取裕子さん。会津本郷焼を代表する窯元であり、今回のイベントに工芸事業者として参加している宗像窯の9代目宗像利訓さんも同席しました。
カウンター越しに接客する分とく山総料理長・野﨑洋光さんとともに、福島の食と伝統工芸について話が弾みました。
会津本郷焼、大堀相馬焼、会津塗。
福島伝統工芸の器で味わう海の幸
福島で生まれ育った野﨑さん。「郷土愛がありますからね、普段から福島の器や食材を使っているんですが、今日は“意外性”をテーマに、福島で捕れたフグ、カニ、アワビを使った料理をご用意しました。こういった海産物が福島で捕れることはほとんど知られていないでしょう? お酒も福島のものをお出しします。おいしい銘柄がたくさんあるんですよ」と、福島づくしのおもてなしのスタートです。
会津本郷焼×フグのエゴマみぞれがけ
会津本郷焼「銀彩天目杯」/宗像窯。銀彩の釉薬(うわぐすり)を用いた天目型の酒器。2018年に中国の景徳鎮で開かれた陶磁茶器コンテストで銀賞を受賞した「銀彩天目茶碗」を小ぶりにしたもので、大きさは径8.1cm×高さ4.7cm。「独特の光沢感と深みのある色合いがどこか宇宙を想わせますね」(名取さん) 1品目は「フグのエゴマみぞれがけ」。たれに使われているエゴマは野﨑さんの故郷、福島県石川郡古殿町で採れたものです。オメガ3を豊富に含むエゴマは近年健康ブームで注目されていますが、野﨑さんは幼少の頃からよく口にしていたそう。「和えものや冷や汁、おはぎ。地元ではいろいろな料理に使われます」
「歯ごたえのあるフグですね。エゴマのたれが香ばしい!」と名取さん。器は宗像さんが制作した会津本郷焼の天目杯です。「私は茶道で使われる天目茶碗を作っておりまして、これはその茶碗を小さくした天目型の酒器なんですが、こんなふうに小鉢料理の器としてお使いいただくのも素敵ですね」と宗像さん。
・
FUKUSHIMA CRAFT DININGの公式サイトをチェック>> 「年齢を重ねると一度にたくさんの量を食べられなくなりますが、おいしいものはアレコレいただきたい。そういうときに、こういう小ぶりの綺麗な器を使うと食卓が華やいで、おいしさも増しますね。食後は見込み(茶碗内側、料理を盛りつける部分)にかけられた釉薬や絵つけが目に入るので、それも愉しいです」と名取さん。
こちらの器について宗像さんが解説します。「この銀彩天目杯は、伝統的な釉薬を私が独自に改良し、鉄分と自然灰などを原料にしたものを使っています。流れるような釉調といぶし銀の光沢が特徴ですが、調合のしかたや窯で焼いたときの状況によって一つひとつ表情が異なります」
大堀相馬焼×アワビの磯焼き
大堀相馬焼「白雅平鉢」/錨屋窯。粗い土を使って作る大堀相馬焼の伝統的な技法「雅物(がぶつ)」を取り入れ、粉引き風に仕上げた鉢。幅21cm×高さ7.7cm。「お料理が映える器ですね。ひび割れのような地模様が伝統的な大堀相馬焼との共通点かしら」(名取さん) 2品目の料理は「アワビの磯焼き」。ふっくら柔らかいアワビを肝のソースとたっぷりの海苔でいただく、分とく山の看板メニューです。器は大堀相馬焼の白雅平鉢。大堀相馬焼は青ひび(貫入と呼ばれるひび模様)、走り駒(狩野派筆法の御神馬の絵)、二重焼き(二重の構造)を特徴とする焼き物で、江戸時代からの歴史があります。
大堀相馬焼には特別な思い出があるという名取さん。「私が小さい頃、祖父がいつも馬の湯飲みでお茶を飲んでいました。二重構造だから冷めにくくて、持っても熱くないんですよね。大堀相馬焼は初めて覚えた焼き物の名前かもしれません。こちらの白い鉢も大堀相馬焼なんですか? ずいぶんと趣が違いますね」と話す名取さんに、野﨑さんは「伝統工芸も進化するんですね。私は伝統的な大堀相馬焼も使っていますよ。二重焼きの大きな湯飲みに氷を詰めてお刺し身を盛ったりします」と、使い方の幅が広がるアイディアを紹介します。
会津本郷焼「にしん鉢」/宗像窯。乾燥した身欠きにしんと山椒の葉を、酢、しょうゆで漬ける「にしんの山椒漬け」は、新鮮な魚が手に入りにくかった会津で伝統的に作られてきた郷土料理。その漬け込み用に使われる器です。飴釉という、酸や塩分に強い茶色の釉薬が用いられます。幅25cm×奥行20cm×高さ13cm。 「器を自由な発想で使っていただくのは、作り手としてうれしいです」と語る宗像さんに、野﨑さんは「宗像窯のにしん鉢を、今日は花器として使ってみました」と、2人の視線を店内に飾られている花あしらいに導きます。
重厚感のある鉢は、会津の郷土料理「にしんの山椒漬け」を作るための器。1958年にブリュッセル万国博覧会(ベルギー)でグランプリを受賞した名品です。10年ほど前に東京の骨董市で、にしん鉢を初めて見かけて手に入れたという野﨑さんは、個人的に3つ所有しており、ワインクーラーとして使うこともあるそうです。
会津塗×カニのかぶら蒸し
会津塗「鉄錆絵(内拭き漆)」/美工堂。会津の木地師、塗師(ぬし)、蒔絵師が手作業で一つひとつ丹念に作る鉄錆塗。この器は縁の厚みを1mmから3mmに変化させていて、抹茶や汁粉を召し上がるときは厚みのある縁で、鱧の出汁など繊細な味の料理を召し上がるときは薄い縁でというように、口をつけたときの触感も愉しめます。径12.9cm×高さ10.5cm。 さて会津塗のお椀が運ばれてきました。3品目の料理は「カニのかぶら蒸し」です。このお椀の鉄錆塗は会津塗の伝統的な技法で、通常は下地に使われる錆漆(生漆に砥粉を混ぜたもの)を器全体に施し、さらに絵柄を錆漆で盛り上げるように少しずつ重ねていきます。
「塗り物というと黒漆や朱漆が一般的ですが、こういう艶消しのような渋いものもあるんですね。所々に施された『螺鈿細工』も綺麗。それでいて蓋を取ると内側は木目調だからハッとします。武士の心意気とでもいいますか、質実剛健な印象の器ですね」と名取さん。
カニのおいしさは言うまでもありません。名取さんが「味が濃いですね。福島でこんなにおいしいカニが捕れるなんて。そういえば学生時代に福島出身の友人と四倉海岸でウニの貝焼きをたくさん食べた思い出があります。海が豊かなんですね」と話すと、野﨑さんは満面の笑み。
「山の幸もお米もおいしいですし、モモ、リンゴ、カキ、ナシ、ブドウ……いろんな果物も採れます。福島県は奥羽山脈と阿武隈高地を境に、浜通り、中通り、会津と3つの地方がありまして、気候風土が異なります。その多様性が食の豊かさを生み出しているんです」
伝統工芸の器や籠に季節の花をいけた
店内のインテリアにも注目
今回の「FUKUSHIMA CRAFT DINING」では、ここまでご紹介した会津本郷焼、大堀相馬焼、会津塗のほかに、二本松萬古焼、奥会津編み組細工、総桐箪笥などの伝統工芸品も取り扱われています。使うアイテムや活用のしかたは各店舗に委ねられていて、趣向もさまざまです。
奥会津編み組細工「山ブドウ手提げ籠」/大沼郡三島町 渡部繁信。雪深い冬季の手仕事として伝わる奥会津編み組細工は国指定伝統的工芸品。山間部で採れる野草を素材とし、山ブドウの皮を使った山ブドウ細工のほか、ヒロロ細工、マタタビ細工などがあります。幅33cm×奥行12cm×高さ17cm、 取材当日、店内の一角には花がいけられた山ブドウ手提げ籠が置かれ、素朴な風情を醸し出していました。
「私も籠にお花や野菜を入れて楽しんでいます」という名取さん。ロケで地方に行ったときなどに骨董品店や道の駅で籠や陶磁器、かんざし、鏡などの、その土地の伝統工芸品を買い求めるのだそう。「ひとつ仕事をしたら、ひとつ好きなものを自分へのご褒美に。どう使おうかなと考えるのも楽しいですし、普段からどんどん使っています。日々の暮らしに潤いと豊かさを運んでくれる存在です」
最後に、名取さんに福島の伝統工芸の印象を伺いました。
「それぞれにキラリと光る個性をもちながら、どれも温かみがあって、心をなごませてくれますね。今日はおいしいご馳走とともに工芸品の素敵な使い方のお手本も見せていただいて、勉強になりました。多くの方に、このイベントを愉しんでいただけたらと思います」
名取裕子さん なとり・ゆうこ/青山学院大学在学中にカネボウ「ミス・サラダガール・コンテスト」で準優勝し、1976年に女優デビュー。数々のテレビドラマ、映画、舞台に出演し、華やかに活躍。 宗像利訓さん むなかた・としのり/陶芸家。東北最古の焼き物の産地である会津本郷で、1719年(享保4)に創業した宗像窯の9代目。2008年より宗像窯にて祖父7代亮一、父8代利浩に師事。2014年初個展を開催。2020年度陶磁茶器最高栄誉賞 金賞受賞。 野﨑洋光さん のざき・ひろみつ/「分とく山」総料理長。武蔵野栄養専門学校卒業。東京グランドホテル、八芳園を経て「とく山」の料理長に。1989年に「分とく山」を開店。日本料理界に新風を吹き込み、伝統的でありながら独創的な料理を提案し続ける。