エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2023年2月号に掲載された第19回、中村 好文さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.19 桜餅に伸びる右手
文・中村 好文
よく人の嗜好を「甘党」と「辛党」に分けて分類することがあります。
ぼくはお酒好きですから、もちろん「辛党」……でも、甘いものもけっこう好きなので「甘党」でもあります。つまり「両刀遣い」ということですね。
さらにいうと、甘党にも「洋菓子派」と「和菓子派」があると思いますが、ぼくはもう、ハッキリ、キッパリ、和菓子派です……と言いつつ、先ほど書いたとおり根は甘党ですから、美味しそうなケーキが出されれば、躊躇することなくペロリと頂きます。ただし、もし、目の前に桜餅とチョコレートケーキを並べられたら、右手は吸い寄せられるように桜餅に伸びます。
和菓子といえば、こんなことがありました。
関東では指折りの温泉街に「温泉饅頭」を卸(おろ)す家業をしていたTさんの依頼で、カフェを併設した和菓子の店舗を設計したことがありました。独立してから日も浅く、時間も元気もあり余っていたころですから、意欲満々で取り組んだ仕事でした。
Tさんの会社は明治時代に創業された由緒のある饅頭屋でしたが、新たに和菓子屋を出店するにあたってはオリジナルの和菓子を創案しなくてはなりません。熟練の和菓子職人がせっせと試作する新作の和菓子を、ぼくは、打合せや工事現場に行くたびに次から次へと試食させてもらいました。子供のころから和菓子(とりわけ小豆の餡を使ったお菓子)が大好きだったぼくにとっては、文字通り「美味しい仕事」だったわけです。
本格的に設計を始めるにあたって、Tさん夫妻と関西方面の名だたる老舗の和菓子店の佇まいを見学し(偵察し?)、その店の看板の和菓子を賞味するために、「視察・試食ツアー」に出かけました。このときは一泊二日の弾丸出張だったのですが、その二日間は和菓子三昧で、行く先々で、和菓子を食べて、食べて、食べまくりました。
和菓子好きにかけては人後に落ちないと自負していたぼくも、東京に戻ってきたときは「もう、向こう一年くらいは和菓子はいらないな」と蚊の鳴くような声で呟いたのでした。
中村 好文建築家。1948年千葉県生まれ。1972年武蔵野美術大学建築学科卒業。宍道建築設計事務所、吉村順三設計事務所を経て、1981年にレミングハウスを設立。1987年「三谷さんの家」で第1回吉岡賞受賞。1993年「一連の住宅作品」で第18回吉田五十八賞特別賞を受賞。執筆活動も精力的に行い、著作に『住宅巡礼』『住宅読本』『普段着の住宅術』『百戦錬磨の台所』などがある。