内澤旬子(うちざわ・じゅんこ)1967年神奈川県生まれ。文筆家、イラストレーター。2011年『身体のいいなり』(朝日新聞出版)で講談社エッセイ賞受賞。『内澤旬子の島へんろの記』(光文社)をはじめ著作多数。香川県小豆島で動物たちと暮らし、獣害対策で埋設されるイノシシやシカの肉などを販売する「小豆島ももんじ組合」を主宰。https://shodoshimamomonji.stores.jpスリリングでユーモラスで美しい
ヤギの「カヨ」との共同生活
図書館、印刷所、トイレ、家畜など、さまざまな人の営みを透明な目で見つめ、イラストやルポルタージュを手がけてきた内澤旬子さん。小豆島に移り住み、ヤギと暮らす顚末を描いたのが本書だ。そもそも、なぜ“ヤギ”と?
「『飼い喰い 三匹の豚とわたし』(岩波書店)の取材で豚を育てて食べ、東京に戻ると“家畜ロス”になり、自然豊かなところに移住して犬よりも大きな動物を飼いたいと思うようになりました。移住先で豚を飼うのはさまざまな困難があって断念し、借りた家の庭の雑草を大家さんが頻繁に草刈りしてくださっていたので、その草をヤギに食べさせれば手間が省けるのではないか、と思いつきました」
けれども、カヨと名付けたそのヤギは、気に入った草しか食べなかった。「結局、自分でも刈り払い機を買うだけでなく、枝粉砕のチッパーを買って使うようになっています」
初めのうちはカヨが何をしたいのかがわからず、恐る恐る世話をする著者だが、少しずつ打ち解けるうちに、「カヨが人間? 私がヤギ?」と錯覚するような瞬間が訪れる。そして、カヨの要求に従って交配させ、家族が増えるうちに「どっちが飼い主?!」と思うまでに。
カヨの本能や感情の細やかで飾りのない描写がスリリングで美しく、読む者も、カヨのことがどんどん好きになってしまう。そうして家族が増え、現在はヤギ5頭に、ヤギ舎の大家さんと共同飼育のイノシシ2頭が加わっているという。
「ヤギ同様、イノシシも個体によって食べ物の好き嫌いが異なるなど、生態が興味深いですね。ゆとりができたら鶏も飼いたいと思っています」
動物との暮らしは、島の人々とのコミュニケーションも活発にする。
「オリーブやさまざまな果樹の剪定枝が冬の大事な飼料となるので、島内の無農薬、減農薬の農家さんの知り合いが増えました。芋蔓も干して与えますので、収穫後の処理に困っている農家さんや家庭菜園をされているかたからいただいています」
狩猟免許をもつ著者は、現在「小豆島ももんじ組合」を主宰し、獣害対策で捕獲・埋設されるイノシシやシカの処理場を設立、塊肉を販売する。
「まだ処理頭数が少ないので、無駄に埋められていく数が劇的に減ることはないのですが、少しでも、という気持ちでやっています」
自身も装幀の仕事を手がけていたこともある著者が「すごく素敵に仕上げてくださった」という本書は手触りや開き具合、重さなどが心地よく、著者自身がアクリル絵の具と透明水彩で描いたイラストにも惹き込まれる。紙の本のよさが詰まった一冊だ。
装幀/松本孝一 イラスト/内澤旬子『カヨと私』
内澤旬子 著/本の雑誌社小豆島に移住した著者のもとに沖縄の牧場からやってきたヤギの「カヨ」。全身真っ白で、つんと澄まして優雅に歩くカヨと暮らし始め、親密になり、家族が増えていく様子が克明に描かれる。タイトルは、スペインの詩人フワン・ラモン・ヒメネスの散文詩集『プラテーロとわたし』を意識して名付けられた。
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『家庭画報』2023年2月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。