フランク ミュラーと香川漆芸による世界初の蒟醤(きんま)ウォッチ
大切な時計を納めるブランドオリジナルのケースは、格調高いウォールナット製。 時計の裏蓋にはフランク ミュラー、香川漆芸、家庭画報の名前と漆の文字が刻まれている。下部には品番とともに一点ものであることを表す「UNIQUE PIECE」の文字。 「腕時計の文字盤を加飾してみたい」。香川漆芸作家で人間国宝の山下義人さんの希望から始まった今回のプロジェクト。
白羽の矢が立ったのは、スイス時計のトップブランドの一つ、フランク ミュラーでした。理由は、創業者のフランク ミュラーさんが自邸の建築も庭も日本風にするほど日本の文化や美意識を好み、理解があること。
そして、「1991年に来日した際に学んだ漆の技術を時計のエナメル文字盤に応用しています」と自ら話していることでした。
プロジェクトの始動後すぐ、香川に飛んだのは、フランク ミュラーの日本国内のアフターサービスに携わって20年の公認上級時計技師、山中利祐(としひろ)さんです。
「先生方に直接お会いして、細かさや色に対する感覚を擦り合わせたかったのです。また、金属に漆を塗った際の強度が心配だったのですが、山下義人先生が『武具に使われていたから大丈夫』と明言してくださり、安心しました」。
手のひらに収まる小ささで、しかもカーブがついている文字盤は、加飾する作家4名とも初めて。
特に難しかったのが、規定の厚さに仕上げることでした。作品に用いられた蒟醤は、彫漆(ちょうしつ)、存清(ぞんせい)とともに「香川の三技法」に数えられる高度な技法。
漆を塗り重ねて蒟醤剣で文様を彫り、色漆等を埋め、表面を平らに研いで文様を出します。ひと塗りの厚みを約0.03ミリとし、最後の研磨も考慮して何層も塗り重ねていきますが、なかなか計算どおりにはいきません。
また、漆はひと塗りごとにひと晩乾かす必要があるため、人間の都合で急ぐことができないという事情もありました。
そうした難題を乗り越えた作家たちが最後に直面したのが、フランク ミュラーのアイコン“ビザン数字”をシルクスクリーンを用いて漆で印刷すること。プロジェクト開始当初からの懸念点だったこの工程で中心になったのは、自作にシルクスクリーンを用いている亨人さんです。
小さいうえにわずかなずれも許されない文字盤への印刷は困難を極めましたが、専門家の助けを借りて、ブランドが求めるクオリティに辿り着きました。
その後、文字盤はフランク ミュラーの優れた時計師たちの手により、時計として見事に完成。
「蒟醤の技法を用いた腕時計は世界で初めてのはずです。使う人に喜んでいただけたら嬉しいですね」と山下義人さん。日本とスイスの高い技術と美意識が融合した6点は、2023年3月1日にフランク ミュラーの直営ブティックにお目見えします。
最高峰の時計を生むスイスの工房
スイスのジュネーブ郊外にあるウォッチランドは、「時計作りのすべてがわかるテーマパーク」を目指してフランク ミュラーがつくった場所。レマン湖を望む城館を改装した本社と工房が並ぶ。 ぷっくりとしたインデックスは一つ一つ手作業で描かれる。 数百個ものパーツを組み立てる時計師。技術と根気が必須だ。 香川漆芸の作家たちが彩る
「フランク ミュラー」の時計
表示価格はすべて税込みです。 撮影/Fumito Shibasaki 〈Donna〉(静物) 本誌・西山 航(香川取材) 鍋島徳恭(フランク ミュラー ポートレート) スタイリング/阿部美恵(静物) 取材・文/清水千佳子 シルクスクリーン制作協力/竹内康示〈アートプロセス〉 清水弘之〈メッシュ〉
『家庭画報』2023年4月号掲載。この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。