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【スーパー獣医 野村潤一郎先生の動物エッセイ】ビクター、5代目ドーベルマンの真実

2023.03.09

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かくして仔犬を乗せた私のランボルギーニは、その純白の車体に新緑の木漏れ日を受けながらヒメハルゼミの鳴く森を抜け、鉄橋を渡り、ぐんぐんと加速して我らが鉄の城に向かった。

私は仔犬にビクターと名付けた。ビクターといえば音響機器メーカーのマーク“戦死した主人の声を蓄音機で聞いている犬”を思い出す方も多いだろうが、あの犬の名前は“ニッパー”だ。ビクターは先代のオスカーと同じく“ドイツのありふれた男性の名”のひとつである。

ビクターが私に与えた最初の試練は頻繁な“お漏らし”だった。感情が高まるとオシッコをぶちまけながら部屋中を駆け回る癖があったのだ。毎日が床掃除の連続だった。また、歴代のドーベルマンたちはたった半日でトイレの躾を完了したが、ビクターはなかなかそれができなかった。しかもビクターは興奮してはしゃぐと鼻を狙って頭突きをしたり、まぶたを咬んだり、行動がめちゃくちゃだった。


ものを壊されたり、乳歯での甘嚙みの痛さに耐えたりするのは、仔犬を迎えた誰もが経験することだが、気遣いが欠落したビクターの予測不能の行動には手を焼いた。

ある日、耐えかねたおかみさんが強く叱りつけた。

「このバカ犬!」

毎日すっ飛んで走り回り、転んだり頭をぶつけたりしてタンコブをつくっても平気だったビクターはこの感情的な叱責に“嫌われた”ことを理解したらしく、その“心の痛み”に悲鳴を上げながら私の元に逃げてきて膝の上で震えた。おかみさんはさらに続けた。

「オスカーはあんなに利口だったのに、この犬はとんでもなくバカだ」

私は「バカと言うな。10年連れ添って完璧になった犬と新米の仔犬を比べるな」とたしなめたが、おかみさんは「でもこの犬はやっぱりバカだ」と、もう一度捨て台詞を残し、自分の夕食をのせたお盆を持って別の部屋に行ってしまった。仔犬のオモチャがおかずの皿を直撃することが頻繁にあったからである。

ビクターが普通と少し違うのは私も認めていた。一緒の布団で寝ていると小刻みに震えるような発作が出ることもあった。脳に遺伝的な問題があるのかもしれなかった。しかしビクターには何の悪気もないし、あまり良くないかもしれない頭で一生懸命に考えたり喜んだりしているのだ。とにかく私の子になった以上は悲しませたり、さみしがらせたり、苦しませたりは絶対にしない。

イラスト/コバヤシヨシノリ

ある晩私は歴代のドーベルマンたちが勢ぞろいしている夢を見た。全てにおいてバランスのとれていたリーラが言った。

「おとうさま、大丈夫ですよ」

天真爛漫なオスカーが言った。

「とうちゃん、おいらビクターとあそびたいなー」

濃厚なドーベルマンの匂いの中で息苦しくなり目が覚めた。ビクターが私の“顔の上”で眠っていたのだった。私はぼんやりと夢を思い出しハッとなった。

「そういえばビクターは言葉が通じていない……」

翌日から言葉の勉強を始めた。手で口を叩きながら「おとうちゃん」と発音したがビクターはやはり理解していない様子だった。もう一度、そしてもう一度、何度も繰り返した。すると私の顔を見て「オトウチャ……」と反復する声が頭の中で聞こえた。歴代の子供たちと同じように、今ここに犬・飼い主相互テレパシー通信が開通したのだった。

「そう、そうだよ。お利口だね。おとうちゃんだよ」

「オトウチャ!」

喜んだビクターはボールを咥えてきた。

「オトウチャ、ボール?」

「そうだよ、それはボールだよ。ポーンしよう!」

院長室は南北に8メートルの距離がある、まだ小さなビクターは投げたボールを持ってくる遊びに夢中になった。往復で16メートル、それを飽きもせず100回繰り返した。普通の犬は適当なところで自分からやめるものだがビクターは違った。合計1600メートル……生後3か月の仔犬の運動としては過剰である。
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