この日からビクターはボール投げが大好きになったが、ボール自体には執着心がなかった。私は思った。
「ビクターがこの遊びをやめないのは、きっと私と何かでつながっていたいからだな……」
バカな子だってそれなりに考えるのだ。
ある日のことである。どうせ無理だと思いつつおふざけの一つとして基礎訓練を教えてみた。“紐無し脚側(きゃくそく)行進”である。これはリードなしで飼い主の左側をぴったり付いて歩く科目だ。
「あれ? 一発で覚えた。右折左折、転回もできる!」
次は“招呼(しょうこ)”だ。まず対面して待たせる。呼んだら飼い主を半周して同じ方向を向いて左側面に付いて座る。
「おっ、これもすぐに覚えた……」
私はビクターの思わぬ才能に驚かされた。
「オトウチャ、タノシイネ!」
「天才か!」
人間の場合、少しユニークに生まれた人は絵画などの特定の才能に長けていることがあるが、その類にも見えた。そして自分を一番愛してくれる私とのつながりを実感できる数少ない方法に一生懸命に応えようとする一途さがあった。そのくせひどいイタズラは中々直らなかった。
寝る前に毎日熟読する高価な専門書を全て紙吹雪にされた時は「ここまでやる犬は初めてだ!」と声を出して叫んだ。これも私の気を引くために違いなかった。きっとビクターにとっては勉強も遊びもイタズラも同じなのだろう。
頭の中身はわけがわからないが、一方で身体の成長速度はすさまじかった。外観くらいは一人前にしてあげたかったので、何かにつけて栄養を摂らせた結果だろうか。
「大きくなれ~、もっと大きくなれ~」
そう言いながら美味しいものを口に入れてやっては、撫でまくる毎日が続いた。ビクターは歴代のどの犬よりも発育が良く、1歳で50キロになり、2歳で60キロ、3歳の現在では65キロになった。ドーベルマンの雄は5歳で完成するが、このままでいくと70キロになるかもしれず、それはもう規格外の大きさと言ってよい。
最近は毎日の運動で筋肉がモリモリ付いてきた。顔だちも素晴らしく、相変わらず目つきがちょっとアレではあるものの、こんなに美形の犬は滅多にいない。
そんなデカくてイケメンでマッチョになったビクターだが、おかみさんはやはり今でも「けれども頭の中身がねえ……」と言う。確かにビクターは今までに経験したことがないドーベルマンで扱いにくさがあると思う。しかし何故か“私にだけ”は常に従うので、これはもう爆発的に可愛いのであった。
野村潤一郎(のむら・じゅんいちろう)
野村獣医科Vセンター院長。東京・中野にあるハイテク医療機器を備えた病院で、大勢のスタッフとともに動物たちの守護神として365日年中無休で診療中。ピカイチの病の見立てと手術の腕を頼って患者は全国から訪れる。自身も熱烈な動物マニアで、大の犬好き、ドーベルマン好き。愛犬たちとのドラマは尽きない。
『家庭画報』2023年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。