天空の森 ふるさとに築く「夢の王国」 「地域の伝統産業を絶やさないことも観光業界を担う者の大切な使命です」そう語る鹿児島「天空の森」のオーナー、田島健夫さんが、大きな可能性を感じているものの一つが深海魚です。鹿児島県はその漁場が豊富なため、深海魚の価値が高められれば、漁業者は潤い、後継者も生まれ、伝統的な漁が守られる──。錦江湾で獲れたばかりの新鮮な「うんまか深海魚」をいただきながら、田島さんのビジョンを伺いました。
前回の記事はこちら>> 第4回 深海の恵みを生かす
月の世界よりも神秘的な錦江湾の海の中
桜島を背に船上でポーズをとるのは、右から、漁船の主、大瀬美幸さん、田島さん、鹿児島大学水産学部教授の大富 潤さん。「ここの深海は宝物がいっぱい。月よりも神秘的かもしれませんよ」と田島さんが語る錦江湾は最大水深237メートル。鹿児島伝統の小型底引き網漁「とんとこ網漁」で多彩な深海魚が獲れる。「捨てられるものの中に宝物がある。それを生かして、地元の誇りと活力にしたい」──田島健夫
深海魚と聞いて食指が動かない人も、キンメダイがその一つと知ったら、少しは見方が変わるでしょうか。お刺し身にしても煮つけにしてもおいしいこの高級魚のように、鹿児島の深海にはまだ世の中に知られていない魅力ある魚介がたくさんあります。
錦江湾で獲れる種類豊富な「うんまか深海魚」。右上は淡泊な白身の魚で昆布締めやフライに向くヨロイイタチウオ、その下は塩焼きや唐揚げにするとおいしいと評判のオオメハタ。なかなか口にする機会がないのは、大半がその認知度の低さ故に需要が低く、市場でただ同然の値段しかつかないことから、扱う業者が少ないため。
錦江湾深海の稼ぎ頭はエビ。大きいほうがナミクダヒゲエビ、小さいほうが大富先生が名づけ親のヒメアマエビ。今では人気のヒメアマエビも、20年ほど前は二束三文で取り引きされていました。そのうえ、額角のついた頭を取って出荷しなければならず、その分重さが半減してさらに安くなり、手間の割に合わない……ということで、大半が海に捨てられていたのです。
垂水市で生まれ育ち、垂水港を拠点にとんとこ網漁を行う漁業者の大瀬さん。そんな状況ですから、伝統ある底引き網漁「とんとこ網漁」で深海魚を獲る漁業者は減る一方。昔は100隻ほどだった漁船も今や40隻で、このままでは消えてしまいかねません。
垂水港の「とんとこ館」は大瀬さんら漁業者の作業所兼直売所。漁のある日の昼頃に行けば、獲れたての魚やエビが買える。この危機的状況に、何とかしなければと立ち上がり、漁業者や仲卸業者、役所や飲食店とともに精力的に活動しているのが、鹿児島大学水産学部教授の大富 潤先生です。先生が相談に見えたとき、最初におっしゃったのが、「漁業者の後継者を絶やさないために深海魚を普及したい」ということでした。
水揚げされたばかりの魚介の解説をする大富さん(右)は、生息水深帯が200メートルを超える魚介類で鹿児島の海で獲れたものを「うんまか深海魚」と命名し、鹿児島の水産業活性化のために日夜奔走している。そこで僕が観光業界の視点から提案したのが、“深海魚を日常の食材としてではなく、嗜好品としてとらえること”です。「天空の森」と「忘れの里 雅叙苑」が加盟している宿泊施設と飲食店の世界的組織「ルレ・エ・シャトー」は、その土地の伝統や環境を守り続けるというビジョンとともに、持続可能性の重要性を謳っていますが、僕もまったく同意見。
ですから、乱獲につながりかねないことは避けてほしいんです。大量に獲って、安くておいしい食材として売るのではなく、少量獲って、鹿児島ならではの特別な嗜好品として売る。地球環境のためにも漁業者のためにも、価値があると思うなら安く売ってはならない、とお話ししました。
僕が実現できたらいいと思うものの一つが、深海魚を使った加工品です。少し形が崩れた魚などを使って、漁師の奥さまがたに作っていただき、「〇〇家の佃煮」といった名前をつけて、ごく小ロットで販売するんです。毎日のように深海魚を使って料理している人たちですから、いちばんおいしい食べ方を知っていますよ。
うんまか深海魚を積極的に扱う鹿屋(かのや)市の「榮樂寿司」の握りずし。11かんすべてが鹿児島の深海魚! ガリの隣はヒメアマエビの軍艦巻き。あとは、地元の志ある生産者が作っている小麦やオリーブオイルなどと組み合わせたり、温泉資源、宿泊資源とのコラボレーションもいいですね。「天空の森」では今も深海魚の料理を出していますが、僕にはみなさんがあっと驚くようなアイディアもあり、準備中です。
ねっとりと柔らかく、甘みが強いナミクダヒゲエビの刺し身は田島社長も大好きだ。名前がユニークなウッカリカサゴのアクアパッツァ。開放感溢れる「天空の森」のダイニング。上2枚の写真のような深海魚の料理を召し上がってみたいかたは、ぜひ事前にリクエストを。捨てられていたものに高い価値が見出されることで地元の誇りと活力になり、漁業者のみなさんの暮らしが豊かになれば、よそへ行った子どもたちも戻ってくるかもしれません。うんまか深海魚は、そういう大きな可能性を秘めた鹿児島の宝物なのです。
おこぼれ目当てか、港にはサギも。 「天空の森」オーナー 田島健夫(たじま・たてお)
立派なウッカリカサゴを手にご機嫌な田島社長。1945年、鹿児島県・妙見温泉の湯治旅館「田島本館」の次男として生まれる。東洋大学卒業後、銀行員を経て1970年に茅葺きの温泉宿「忘れの里 雅叙苑」を、2004年に約60万平方メートルのリゾート「天空の森」を開業。尽きないアイディアと類い稀なる実行力で、日本の観光業界を牽引する。
撮影/本誌・西山 航 取材・文/清水千佳子
『家庭画報』2023年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。