これぞジュエリーの真髄 第3回(01) キリスト教とジュエリー 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんによる解説でご紹介するジュエリー連載。第3回は、キリスト教がジュエリーに与えた影響について紐解きます。
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4世紀初め、ローマ皇帝コンスタンティヌスはキリスト教を公認、その後テオドシウス帝が国教と定め、ローマは東西に分裂します。
キリスト教の布教には絵画が多用され、初期はギリシャ語でキリストの頭文字XとPとを組み合わせたものが略号として使われていましたが、次第に人々に分かりやすい十字架がとって代わるようになります。
ジュエリーの世界でも、中世、ルネッサンスと、十字架は多くの作品にモチーフとして使われています。
1.十字架上のキリスト像のカメオ
製作年代:17世紀前半
製作国:スペイン1は十字架に架けられたキリスト像をカメオにした作品。素材はなんとルビーです。17世紀のスペイン製で、当時スペインでは奢侈禁止例が出ていてジュエリーはあまり身に着けられなかったのですが、これはキリストを讃えるものとして許可されたのでしょう。
2.金のラテン・クロス
製作年代:14世紀後期
製作国:イギリス金の十字架2はもっと古く、14世紀の英国製。キリストを金の表面に彫り込んでおり、ユダヤ人の王ナザレのイエスを意味するINRIの文字が入った凝ったものです。
十字架のジュエリーには、レリカリーと呼ばれる複雑な構造のものがあります。裏面にクリスタルや金製の蓋がついた小さな空洞があり、その中にキリストに関わる遺物、後世には様々な聖者の遺物などが収められ、その価値を一段と高めるのです。
3.17世紀のレリカリー・クロス
製作年代:1680年頃
製作国:ドイツ3のローズカットのダイヤモンドを6個並べた十字架がそれで、裏面はきれいなエナメルの細工で、金の蓋があります。中にはキリストが架けられた木の十字架の破片が入れられていたとされ、それは本物かと疑うのは許されないようです。
メメントモリと呼ばれるジュエリーもあります。ラテン語で「死を忘るるなかれ」を意味し、ジュエリーをつけて楽しんでいる時でも死を忘れてはいけないという代物で、多くは骸骨などの絵を伴います。
4.バロック メメント・モリ ダイヤモンド クロス・ペンダント
製作年代:17世紀中期
製作国:未詳4は、十字架部分はテーブルカットのダイヤモンドにキリストがいるデザインで、球形の部分がメメントモリ。一種のロケットで、表には涙を流す目が、裏面には交差した骸骨に頭蓋骨という奇抜なペンダントです。
十字架は国が変われば形も変わるという作例を。
5.モールティーズ・クロス
製作年代:1820年
製作国:イギリス5は十字架というより星の図案に似て、びっしりとダイヤモンドが埋まっています。これは地中海に浮かぶマルタ島に小王国を築いた、ヨハネ騎士団が使っていたもの。外側の8個の尖った先端は山上の垂訓においてイエスが教えた八福を示すものとされ、この形をモールティーズクロスと呼びます。
6.ルネサンス・リバイバルのクロス
製作年代:1880年
製作国:イギリス6は名工ジュリアーノ作のルネッサンス・リバイバル。テーブルカットのダイヤモンドの周辺を多彩なエナメルの葉飾りのスクロールで取り巻き、外側はブルーのドットを乗せたエナメルで取り囲んだ、実にカラフルなもの。実際に使って楽しいジュエリーです。
7.19世紀 ダイヤモンド クロス ペンダント
製作年代:1875年頃
製作国:オーストリア7は19世紀半ばのオーストリア製。十字架部分は取り外せます。十字架は6個のドーム状からなり、頂点にはクッションカット、周囲はローズカットのダイヤモンド。これほど繊細ですっきりとしたクロスは珍しいです。
キリスト教がいかにジュエリーの世界に大きな影響を与えたか──。次回は十字架以外のものも見てみましょう。
監修・文/山口 遼 撮影/栗本 光
『家庭画報』2023年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。