これぞジュエリーの真髄 第3回(02) キリスト教とジュエリー 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんによる解説でご紹介するジュエリー連載。第3回は、キリスト教がジュエリーに与えた影響について紐解きます。
前回の記事はこちら>> 聖書の場面や登場人物をジュエリーに
キリスト教はその布教活動において、絵画や彫刻といった具象美術を広く使ってきました。王侯貴族や聖職者が用いたジュエリーにも、その歴史をモチーフにしたものが多く存在します。
ここでは極めてユニークなダイヤモンドクロスを始め、聖書の場面やマリア像などのデザインをご紹介します。
1.ルネサンス ダイヤモンド クラスター・クロス
製作年代:クロス/16世紀 フレーム/17世紀
製作国:ポルトガル、スペイン(推定)1は裏表を見てください。表(写真右)は主にホグバックという古いカットのダイヤモンドを使い、複数の十字架が重なる複雑な構成。裏(写真左)にはヴェラムと呼ばれる牛皮をなめした素材に、キリストを宿した聖母マリアを描いたものが収められています。
この作品をさらに複雑にしているのは、金細工の外側にダイヤモンドをセットしたオープンワーク。テーブルカットとローズカットのダイヤモンドを使い、中央は16世紀のポルトガルのもの、まわりは1世紀ほど後のスペインのものと推測されます。
ポルトガルのジュエリーは1755年に起きた大地震と津波で多くが失われており、今に残るものは皆無に近いのです。
2.三博士の礼拝のカメオ
製作年代:16世紀
製作国:イタリア2は有名な東方の三博士のカメオ。キリストの誕生を知った博士が3人、貢物を持って訪ねてくる場面です。天に舞う天使、海に浮かぶ船、ラクダまでが三層のアゲートに精密に彫られています。
3.バロック 聖ヒエロニムスのジュエリー
製作年代:1660年頃
製作国:フランス(推定)3は聖人として知られる聖ヒエロニムスのブローチ。彼の生涯はいろいろ絵になっていますが、これは最も若い時のもの。キリスト像のある祭壇の前で罪を悔いている場面です。濃い不透明なエナメルを半裸の聖ヒエロニムスを始め随所に用い、周辺の飾りにはローズカットのダイヤモンドを埋め込んでいます。裏面にはやはりエナメルで植物模様が描かれています。
千年以上も続いた東ローマ帝国のキリスト教は、最も古い形の教えを引き継いでおり、その文化は複雑で濃密です。ジュエリーもまた非常に濃く、カラフル。
4.[カステラーニ 作]モザイクブレスレット
製作年代:1860年頃
製作国:イタリアカステラーニがビザンチン文化から想を得て作ったブレスレット4は、小さく多彩な石を並べ模様を描くモザイクを用い、キリスト教に関わるデザインを8枚のプラークにして繋いでいます。古いキリスト教のシンボルだったXP──キーローと読みます──や聖霊のシンボルの鳩など、その色合いは西ヨーロッパのものとは明らかに違いますね。
5.[カステラーニ 作]受胎告知の文字Mのジュエリー
製作年代:1862年頃
製作国:イタリアMの字をデザインしたブローチ5もカステラーニ作。M ──マリアの頭文字──の間に、聖母マリアと天使の像があり、「み告げ」、つまり天使がマリアにキリストを懐妊したことを告げる場面を描いています。周りの宝石を取り替えて何個か作られていますが、いずれもカラフルで、宝石とエナメルとが見事にマッチしています。
6.[カステラーニ 作]トリプティックペンダント
製作年代:1865年頃
製作国:イタリア6はトリプティックと呼ばれる三つ折りのペンダント。カステラーニはモザイク工房を作り、多くの作品を残していますが、これは中央にギリシャ十字架、左右にキリストと聖母マリアの像を描いたもの。折りたたんでペンダントにしますが、旅先などではこれを枕もとなどに開いて置いて祈ったのでしょう。彼が敬虔なカソリック教徒であったことがよくわかる名作です。
どうでしょうか、ジュエリーのモチーフとして、キリスト教は大活躍だと思いませんか。
監修・文/山口 遼 撮影/栗本 光
『家庭画報』2023年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。