潤う成熟世代 快楽(けらく)─最終章─ 作家・工藤美代子さんの人気シリーズ「快楽」の最終章。年齢を理由に恋愛を諦める時代は終わりつつある今、自由を求めて歩み始めた女性たちを独自の視点を通して取材。その新たな生き方を連載を通じて探ります。
前回の記事はこちら>> 第11回 大人の恋とは何ですか?(前編)
文/工藤美代子
もしも若い女性に尋ねられたとする。
「持続可能な恋愛をする秘訣って何かありますか?」と。
昨年までは「そんなもんがあったら苦労はしないわよ」とにべもなく答えていただろう。恋愛が発展して、結婚にゴールインしたとしても、生涯ラヴラヴ状態が続く夫婦なんて滅多にいないはずだ。いつしか夢心地の恋は終わって、実利的な生活を構築する同志へと関係性は変わってゆく。
もっとも、結婚すら考えられなくて、ただしばらく付き合っただけで別れるカップルの方が多いかもしれない。なぜ、自分の恋愛はうまくゆかないのだろうと、若い娘さん達に相談されることがけっこうある。もちろん、私には正しい回答の持ち合わせはない。自分だって、中途半端に途切れてしまう恋愛しか経験がないからだ。
しかし、近頃は少し利口になった気がする。あるカップルの恋愛をここ1年間ほど見守ってきて、気がついた。恋愛は知恵がなければ続かない。その知恵を若者が持ち合わせている例は少ないのではないか。高齢者ほど賢いとは言わないが、持続可能な恋愛が上手な確率は高いように見える。
菊地氏から電話があったのは3年ほど前のことだ。彼が会員になっているクラブで、スピーチをして欲しいと頼まれた。まさにコロナ感染が始まったばかりの頃のことである。
わが家は夫が腎不全で、もう10年くらい治療中だ。食事制限があり、塩分、カリウムはなるべく控え目にしている。その甲斐があってか、とにかく透析治療をなんとか免れてはいるのだが、もしもコロナに感染したら重症化の危険性は多分にある。だから、コロナが日本に上陸したというニュースが流れたのと同時に、一切の不要な外出、会食を避けることにした。私が感染すれば狭いマンション暮らしであるから、一蓮托生だ。じっと我慢するしかない。
すると何が起きるか。私は友人にも会えず買い物にデパートにも行けず、明けても暮れても話し相手は夫だけとなった。当然、不機嫌になる。
だからあの日、講演依頼の電話をくれた菊地氏は、まったく見ず知らずの人だったにも関わらず、私はつい愛想良く饒舌になってしまった。なにしろ売れない作家の私のところなんて、講演依頼どころか原稿の発注も滅多にない。したがって、編集者さんとのお喋りタイムは皆無に近い。夫は口の重い人だし、友人たちとも、最近はラインのやり取りばかりだ。思えば、いつの間にか殺風景な日々の底に沈没して、陰鬱な毎日を送っていたのだ。