電話をくれた菊地氏が所属するクラブでは、月に1回講演会を主催している。いわゆる識者と呼ばれる人が講演をするのだが、その人選をする役目を菊地氏が担当していた。
テーマは好きなもので良いので、ぜひ都内のホテルで、会員の方たちが食事をする前に短い話をして欲しいということだった。菊地氏の話し方は、さっぱりとしていてフレンドリーだ。こういう時、相手が男性であろうと女性であろうと、私はいつの間にか取材モードに突入してしまう。先方に失礼にならない範囲で探りを入れて、どんな人なのか知ろうとする。別に知る必要もないのだが、やむにやまれぬ好奇心が頭をもたげてくるのだ。
菊地氏は特に警戒する様子も見せず、私の問いかけに答えてくれた。年齢は79歳。ある企業の会長だったが、2年前にそれも退いた。妻とは30年ほど前に離婚して独身だ。都内の戸建て住宅に住んでいる。ここまで話してから、菊地氏の滑らかな口調がちょっと止まった。
「いや、実は今、迷っていることがありましてね。私は身体的にはいたって健康なんですけど、先々のことを考えたら、結婚した方が良いのかなと思ったりもするんですよ」
こう言われて私の心拍数は急に撥ね上がった。なぜなら私のたった一つの趣味というか道楽は、お見合いのお世話をすることなのだ。パートナーを探しているのだが、なかなか良いご縁がないと悩んでいる人はけっこう多い。だいたいの希望や好みを聞いて、独身の男女を引き合わせたことはもう10回以上ある。
うまくゆくときは本当にさっさと纏まる。幸せなカップルが誕生するとほっとするものだ。しかも自分と同年代で、やはり将来を案じている女性を何人か知っている。「誰か良い方いないかしら?」としょっちゅう聞かれる。
「そういうことならお任せ下さいませ。素敵な女性をご紹介出来ると思います。ただ、すごくお若い人とか、超美人じゃないと嫌だとおっしゃるとちょっと困りますけど」
「いや、私はそんなことは言いません。ただ、気が合う人、趣味が合う人がいいですね」
淡々とした口調で菊地氏が答える。