ふむ、それならば力になれるかもしれないと思って、私はさらに菊地氏の学歴やら家族関係、今までのキャリアなどを尋ねた。それに関して、ここであまり詳しいことは書けないのだが、まずは申し分ない条件である。
何より好印象を持ったのは、彼が経歴について語る際に、盛っている様子がまったく見えないところ。とても誠実な印象だった。ずいぶんと裕福な環境にあるらしいが、それを自慢する態度もまったくない。
「わかりました。それでは心当たりの女性が何人かいますので、お話ししてみます。その上でまたご連絡します」と言って、その日は電話を切った。
その後で、はっと気づいたのである。結局私は講演を引き受けるのか、引き受けないのか、テーマは何にするかといった詳細を何一つ決めないで電話を終らせた。まさに粗忽の極みである。
もう一つ大事なことがあった。私は菊地氏がどんな容姿をしているのか見当もつかないのだ。容姿などはどうでもいいといえば、どうでもいいのだけれど、誰にでも好みのタイプというものがある。
やっぱり菊地氏の人柄や雰囲気を把握した上で、お見合いを設定するべきだろう。ということで、菊地氏と日本橋の千疋屋でお茶をする約束を取り付けたのは3日後のことだった。何度かメールのやり取りもしたが、菊地氏の対応は実にご丁寧だった。
(後編に続く)
工藤美代子(くどう・みよこ)ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。
イラスト/大嶋さち子
『家庭画報』2023年3月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。