彼女の説によると、テッドは情熱的な人で、本気で自分と結婚するつもりだった。だから二人の将来のために、飯沼さんが推奨する株へ、彼の預金の全額である2000万円を投資した。すぐに3割は配当がつくという話だった。
飯沼さんが保証するのだから大丈夫だ。ボクは会社のナンバー2で、飯沼さんがナンバー1だ。絶対に飯沼さんは信用できるとテッドは繰り返した。二人の財産を纏めて投資しようと提案された千波さんは、年末、飯沼さんからの勧めは断ったが、テッドの言うことを信じて気前よく旦那さんの保険金の3000万円すべてをテッドに送金してしまったのである。
だが、いつまでたっても上場したはずの株の配当は送られて来なかった。不安になった頃にテッドから連絡があった。飯沼さんが皆を裏切り、集めたお金を持って姿をくらませた。自分も2000万円を持ち逃げされたという。
この時点で、千波さんはテッドとは会ったこともなかった。飯沼さんは日本の一流証券会社との合弁会社の社長だと自己紹介をしていた。ところがそれは真っ赤な噓で、日本国籍の人かどうかもわからない。自分はまったく何も知らないで彼に騙されたとテッドが涙ながらにパソコンの画像で弁明した。
もしも、あなたが日本の警察に訴えたら、彼らはボクを捜査するだろう。やがて、ボクも罪に問われるかもしれない。あなたの名前だって香港のニュースに流れるだろう。そうなったら、ボクたちは終わりだとかき口説かれて、千波さんはあきらめた。もともと亡くなった旦那さんの保険金なのだから、なかったものと思おう。
テッドのお陰で、飯沼さんがとんでもないペテン師だとわかったのだ。そうじゃなかったら、もっとたくさんお金を取られていたかもしれない。千波さんはテッドに感謝さえした。
それから1週間くらいした頃、やっとテッドから連絡があった。ボクは香港を去ることにした、身の危険が迫っている。いずれ安全が確保されたら、必ずあなたを迎えに東京へ行くからと言い残して、今度はテッドが忽然と姿を消してしまった。
困ったことに、千波さんはまだテッドを好きなのだ。お節介な私は、思わず彼女に大声で怒鳴ってしまった。
「すべては茶番じゃないの。テッドが何も知らないはずはないし、あの人たちはグルよ」と。
しかし、「悪いのは飯沼さんであって、テッドじゃないのよ。誤解しないで」と弁解して譲らない。それどころか「あなたくれぐれも警察なんかに相談しないでよ。テッドに迷惑が掛かるからね」と千波さんに強く念を押された。
たとえ彼が自分と結婚しなくても「あの人の愛は真実だったのよ」などと乙女のようなセリフを吐く。
私が最後に確認したのは、彼女が娘さんたちには何も話していないということ。それから、テッドにはついに最後まで会えなかったことだ。そんな男にどうして千波さんが執着するのか、まったく不可解だった。