ところが今頃になって、この小学生時代の感慨をしきりと思い出すのである。若き日の恋愛なんて、もしかして無駄なエネルギーだったんじゃないか。捨てても拾っても、恋愛はやがて消え去ってゆく。もう心を煩わせるのはまっぴらだ。子供の時に、あんな面倒くさいものには金輪際手を出すまいと決めたのは、まことに正しい判断だったのだ。
もちろん、同世代でも果敢に男性遍歴を続けている女性もいる。別に嫉妬しているわけではないが、相手の長寿を祝福するような素直な気持ちにはどうしてもなれなかった。自慢話を聞かされたようで不快な気分になってしまう。
ところが、それもどうやら勘違いだったみたいだ。というか、高齢者には恋愛無用、セックス無用と決めつけるのは、誰に対しても当てはまる真理ではないと最近になって知った。何歳になっても恋は楽しいものらしい。わが人生が失敗の連続だったのは、どうも大切なルールを見逃していたからのようだ。それで何回も失恋したのは、学習能力が欠如していたのだ。つまり頭が悪いということ。
人生にとって何が大切かをまざまざと教えてくれたのは、
前回で紹介した菊地氏だった。
80歳を迎えた菊地氏は、結婚して新しいスタートを切ろうと考えていた。前にも書いたが、彼は健康で経済的にも裕福で、何より性格が素晴らしく良かった。余計な自慢はしないし、趣味も豊かで教養がある。とにかくお節介で、お見合いの世話をするのが大好きな私は、なんとか彼に素敵なパートナーを紹介したいと思い立った。
しかし、なかなかぴったりの人がみつからない間に、菊地氏は住まいと別荘を処分して湘南地方の美しい海が見える老人ホームに入居した。これが昨年のことである。
80歳の人にしては素早い行動だ。一度、菊地氏に取材をするために、彼が引っ越したホームを訪ねたことがある。私の主人も80歳になって、もしも妻の私に先立たれたら、とても独りで暮らせそうにはない。だから、菊地氏が選んだホームを見学しておきたかったこともある。
ちょうどコロナ感染が下火になった時期だったので面会が許可された。ホームの玄関で出迎えてくれた菊地氏は東京でお会いした時よりずっと若返って見えた。背筋がすっと伸びている。熟年女性に根強い人気のある山本 學という俳優さんによく似た雰囲気だ。
入居者を訪ねてゲストが来た時は、食事が出来る個室もある。ホームの洋食なので薄味だが、なかなか美味しかった。私は目の前に座る菊地氏の顔をじっと見て、あれっと思わず首をひねった。