突然変な話に飛んで申し訳ないが、私には奇妙な勘が働く時がある。霊感とまでは言わないのだが、何かそこに存在しないものが見えることがあるのだ。特に、誰かと会っている時に、その後ろから見知らぬ人の顔とか小動物がちらりと覗くのである。
別に私だけが持っている特殊な能力ではない。以前、ある相撲部屋の女将さんも同じようなことを言っていた。何人もあずかっている弟子の中で、急に女の子の顔が背後に浮かび始めることがある。すると呼び止めて聞く。「あんた、最近、誰かと付き合っている?」そう言われた弟子は目をパチパチして驚く。「相手の娘さんってショートカットで色白で小柄じゃない?」
そこまで的中すると弟子は気味悪そうに女将さんの顔を見るそうだ。
実は同じような経験が、ときたま私にもある。この日も菊地氏の右肩の後ろには上品なお嬢様風の女性がひっそりと顔を見せていた。写真でだけ知っている明治時代のある皇族妃によく似た面差しだ。全体に桜色の紗がかかっているようにぼんやりと浮かんでいる。
「菊地さん、心が動かされるような女性が現れたそうですが……」せっかちな私の問いかけに、瞬速で菊地氏が答えてくれた。
「うん、メールでお知らせしたようにね」
その声は弾んでいる。
「ホームで知り合った方ですか?」
「そうなんです」とうなずいて、菊地氏が二人の馴れ初めから、現在の状況までを詳しく話してくれた。日本人の男性にしては珍しくフランクな語り口である。自慢する様子でもないし、卑下しているわけでもない。隠してもいない。私は録音をしなかったので、彼の喋り方を再現することが難しいのだが、こんなふうに自身の恋愛を自然に語る人に会ったのは初めてだった。
しかし、個人情報は守らなければいけないので多少は手を加えてあるが、なるべく忠実に彼のラヴ・ストーリーを要約すると次のようになる。
(後編に続く)
工藤美代子(くどう・みよこ)ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。
イラスト/大嶋さち子
『家庭画報』2023年4月号掲載。
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