彼女は東京で生まれて育って、中高一貫校からそのまま付属の大学へ進んだ。卒業後すぐに結婚した。当時は女性がキャリアを確立するという発想は珍しかった。家庭にいるのが不幸とは感じなかったが、60歳で夫と死別した。つまり菊地氏と巡り会うまでは、ずっと独身だったわけだ。
瞬間的に、自分の探していたのはこの人だ!と悟った菊地氏はさっそく彼女にアプローチする。しかし、ホームは集団生活の場所でもある。淑子さんは噂になるのを恐れた。
さすがに菊地氏だと感じたのは、まず性急に交際を開始するよりも、彼は周辺の「交通整理」を優先させた。いや、別に「交通整理」という表現をしたわけではない。だが、その後の交際の発展過程は大人の才覚に溢れていた。
しばらくは夜になると二人の電話での長話が続いた。同じホームにいるから、電話での会話なら誰にも見られる心配はない。お互いの生い立ちや趣味や性格を知るための時間となった。
そして、ある晩、外のレストランで夕食を共にした帰り、エレベーターの中で淑子さんと二人きりになった。菊地氏は両手で彼女を抱き寄せて接吻をした。反応はあった。身をよじらせて嫌がらないのは女性側のゴーサインである。
淑子さんも菊地氏の本気度を感じ取ったようだ。「あの時に恋におちたと思った」と後で彼に語った。その後の二人の間柄は次第に濃密なものとなってゆく。
私は菊地氏の話を聞きながら、いかにセックスというものは、数々の段階を踏んで深まってゆくかを知った。若い人ならば、手順はほぼ決まっているだろう。それぞれの嗜好はあるにせよ、よほど特殊な例以外はベッドに入ったら、当然のごとく二人は肉体的に結ばれる。その際に、結婚しているか、あるいはそれを前提としているカップルじゃなかったら、避妊に注意を払うことを常に念頭に置く。
しかし、高齢者の場合はもう少しゆっくりとドラマは進行するようだ。残念ながら、微細にそのことについては書けないが、およそあらゆる男女が普通に行う愛情表現と同じである。前戯を楽しみクライマックスも迎える。
それはしかし、二人にとっても思いがけないことだった。まさか90歳になって、こんな喜びを知るなんてと恥じらう淑子さんが、たまらなく可愛いと菊地氏は目を細める。菊地氏もまた、自分がこれほどの快楽に没頭するとは夢にも思っていなかった。