伊集院 静(いじゅういん・しずか)1950年山口県防府市生まれ。1972年立教大学文学部卒業。1981年短編小説「皐月」でデビュー。1991年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、1992年『受け月』で第107回直木賞、1994年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。2016年紫綬褒章を受章。人生を豊かにするご褒美
愛犬ノボとの輝ける暮らしと別れ
執筆のため、仙台と東京を行き来している伊集院 静さんが、家族と暮らす仙台の家で飼っていた愛犬について筆をとった。
伊集院さんが最大の愛情を込めて“東北一のバカ犬”と呼ぶノボ(本名乃歩/ノボル)との出会いと別離。前書きには“実はこのような本、投げ出してしまいたかった”とある。
「正直、書いていて、楽しいことより、辛いことのほうが多かったですね。犬、猫との楽しい思い出を書けば、やがて別離、死別の事実と向き合うことになります。彼らがこの世にいないこと、なぜ自分を置いて行ってしまったのだ?という、考えても仕方のないことを考えざるを得なくなります。“幸せの情景、表情”というものは、単純にまぶしかったり、輝いたりして、似たものが多いのですが、“哀しみの情景、表情”というものは、みながそれぞれ違っています。ペットと過ごした幸せな時間と、別離し哀愁を誘う時間は、明らかな違いがあり、それが人間を強くしたり、頑張る姿勢をもたせたりするのかもしれません」
読み進めると、伊集院さんが愛犬と出会ってすぐに、別離にまで思いを馳せているのがわかる。大ヒットシリーズ「大人の流儀」のスペシャル版として出版された本書。ペットとの暮らしも、人を大人にするのだろうか。
「ペットと呼ばれる生き物は、人間の5倍から7倍の速さで生きていきます。彼らを子どものうちに引き取って一緒に過ごすと、赤児から若者、壮年、老齢にいたる彼らの姿を見つめることになり、各年齢によって成長したり、父や母になって子育てをしたりする姿を見るようになります。そのことは生き物がもつ素晴らしい“生の記憶”を垣間見ることにもなります。少年が子犬とともに過ごし、やがて老犬となって、以前のように動き回ることがない姿を見ると、少年は“生きることって何だろう?”という命題を見つめることになります。これはペットが人間に教えてくれる大きなテーマでもあります。私たちが生きるのに、役に立たないわけがありません」
奥さまの犬だった亜以須(アイス)、近所に住むお手伝いさんが飼っていたラルク、そして伊集院さんに懐いていたノボ。
3匹の愛犬を次々に失った伊集院家には現在、1匹の猫がいるという。それぞれの名前から一文字ずつを取ってアルボと名づけた。
「アルボを見ていると、ノボを思い出して哀惜の情が込み上げてくることもありますが、生きものはやはり見ていて面白く、家に帰ることが楽しみになります。ペットという存在は、間違いなく人生のご褒美といえるでしょう。出会いは、常に別離に勝るものであるということです」
挿絵/福山小夜 装丁/竹内雄二『君のいた時間 大人の流儀Special』
伊集院 静 著/講談社ペットショップで最後まで売れ残っていたところを引き取り、2021年1月に天国へと旅立った愛犬との友情物語。正岡子規の幼名升(のぼる)にちなんで乃歩(ノボル)と名づけた。累計228万部を突破した大ベストセラー「大人の流儀」シリーズの特別編。
「#今月の本」の記事をもっと見る>> 構成・文/安藤菜穂子 撮影/宮本敏明
『家庭画報』2023年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。