これぞジュエリーの真髄 第5回(01) ジュエリーの大衆化と大英帝国 有川一三氏が主宰する「アルビオンアート」の歴史的な芸術品の数々を、宝石史研究家の山口 遼さんの解説でご紹介するジュエリー連載。第5回は、時代の変化に呼応して、大きく変わる輝きの世界を紐解きます。
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18世紀の末頃から19世紀にかけて、世界が大きく変化します。ジュエリーもまた、それに伴って変化します。それは庶民がジュエリーを使うようになったということです。
産業革命と呼ばれる革命が起き、英国では18世紀後半から蒸気機関の発明とともに、汽車、汽船が作られます。交通機関が生まれ、諸外国との交易が盛んになります。それにつれて、銀行、旅行会社、保険会社などが生まれます。
そうした新しい産業に従事したのは、すべて普通の庶民でした。そして彼らは裕福になります。王侯貴族だけではない、普通の人々が金持ちになったのです。新しく金持ちになった人がやることは、昔も今も変わりません。消費です。
ついに庶民がジュエリーを買う時代がやってきたのです。とはいえ、生活様式が根本から異なる庶民のジュエリーは、王侯貴族のそれとは異なります。しかしその数は膨大でした。
ジュエリーだけでなく、服装や食事などもそうですが、新しい消費者が新しいことをする時、自分たちよりも上の階級の人々を模倣します。ただし、微妙に違いが出てきます。
1.ピンクトパーズのドミ・パリュール
製作年代:1821年頃
製作国:イギリス1の見事なピンクトパーズのパリュールを見てください。これまでのパリュールと何が違うか、お分かりですか? ティアラがありません。ティアラは貴族階級の人々が正式の場で使うもので、庶民には無用なのです。
もう一つ、大衆化の特徴は、デザインが非常に分かりやすい、身近な日常のものとなることです。
2.エナメルとダイヤモンドのロケットペンダント
製作年代:1860年頃
製作国:イギリス(推定)3.18世紀 ダブルハート リング
製作年代:18世紀
製作国:未詳
ネックレス2と指輪3は、どちらもハートモチーフです。ネックレスはブルーのエナメルを施したハートが左右に開き、思い出の品物を入れるようになっています。必ずしも恋愛の思い出とは限らない、形見入れの場合もあるのがこの時代です。指輪はダブルハートと呼ばれるもので、二つのハートがくっつき、その上に王冠が載っていますが、これは二人の愛が実ったことを示します。
4.カンティーユ細工のペアのバタフライブローチ
製作年代:1830年頃
製作国:イギリス4は蝶々。カンティーユと呼ばれる金線細工を用いて色石を使った、実にきれいな作品です。
5.蜂のブローチ
製作年代:1880年頃
製作国:イギリス(推定)5の蜂もダイヤモンドをびっしりと埋め込んでいます。
6.ダイヤモンドのスプレイブローチ
製作年代:1850年頃
製作国:イギリス植物もあります。ダイヤモンドを埋め込んだ花のスプレイブローチ6です。
分かりやすいデザインといえば、リボンもそう。
7.18世紀のペアのボウノットブローチ
製作年代:1760年頃
製作国:イギリス7はダイヤモンドとエメラルドを使い、地金も金と銀を使い分けた精緻な作りです。
8.花のバスケットのプレゼンテーション・ジュエリー
製作年代:1770年頃
製作国:イギリス8は白い手が花籠を持っているブローチ。なんとも楽しく、思わず欲しくなりませんか。
こうしてご覧いただくと、このジョージアン、ヴィクトリアンと呼ばれる時代に、王侯貴族ではない一般の人々が買ったジュエリーは、それまでのものと明らかに違うことがお分かりになると思います。王様がダブルハートの指輪を女王に贈るなど、あまり想像できませんよね。
決して、途方もない宝石を使ったり、すごい細工をしたりしてはいませんが、買う人の数が爆発的に増え、それに見合うジュエリーが作られた時代です。むしろ今の私たちには、こちらの方が自分の使いたいものとして、なじみがあるかなと思います。
監修・文/山口 遼 撮影/栗本 光
『家庭画報』2023年5月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。