専業主婦の妻は意地になって離婚を拒んだ。あちこちの知人に電話をして、夫の不実を訴えた。お陰で、愛人の男の業界では、ほとんどの人が彼の浮気を知っていた。「4人も子供いるし、奥さんには何の落度もないのにねえ」と皆が呆れていたという。そうこうしているうちに月日が流れ、男は会社で定年を迎えてしまった。再就職の道もなく、年金で暮らしていくことになった。
ちょうどこの頃に、智佐子さんのご両親が相次いで亡くなった。その結果、一人娘の智佐子さんがすべての遺産を相続したのである。
実際に智佐子さんが男にどれだけの金額を渡したのかは誰も知らない。しかし、とにかく男は妻と円満に離婚をして、晴れて智佐子さんと夫婦になった。
「そう言っては悪いけど、うちの親戚の間では、あの人は金で旦那を買ったようなものだねって言われているのよ。でもさあ、彼の奥さんにしてみれば、何度も夫に騙され続けてきたわけじゃない。もうあの女とは別れた、二度と会わないって約束したのも一度や二度じゃなかったって。その実、陰ではずっと密会していたわけだから、どうしたって、それはバレるわよ。冷静になってみれば、もはや定年になって稼ぎもない亭主でしょ。まとまったお金を2億でも3億でもくれるのなら、それで気楽な老後を過ごしたいと奥さんも思ったんじゃないかしら。夫の不倫が発覚した時は包丁を持ち出すような修羅場もあったらしいけど。だからね、不倫はけしからんって怒っても、そんなの平気でお金に物を言わせて略奪婚をする女がいるのよ。今は社会的にも昔ほど糾弾されない時代になったから、智佐子さんは平然と仕事も続けているわよ」
私はアサミさんの言葉に返事のしようがなかった。そういえば、私の母はよく言っていたっけ「地獄の沙汰も金次第」って。
だが、そんなに簡単に過去の経緯は消せるものなのだろうか。
智佐子さんの不倫相手だった男の奥さんは、ついにアサミさんのご両親にまで会いに来たことがあったという。あなたの姪が私の夫と関係を持っている。どうか姪御さんに言い聞かせてもらえないか。私と4人の子供たちは、あの人の存在で人生を滅茶苦茶にされました。あなたも人の親ならうちの4人の子供たちの身にもなって下さいと言って、奥さんは玄関先で泣き崩れたそうだ。
アサミさんのお母さんはショックで寝込んでしまったという。智佐子さんのお母さんは、アサミさんのお母さんの姉にあたるので、二人は従姉妹同士だ。人の道を外れるようなことをしてはいけないと、アサミさんのお母さんは懇々と姪に説教をしたらしい。
