「私ね、母から聞いたんだけど、智佐子さんはケロリとした顔で『あの人とはとっくに別れてますから大丈夫です』って断言したんですって。つまりは耳を貸す気もなかったんでしょう。あまりの空々しさが不気味にさえ聞こえたって。それで最後には『私も結婚したいので、どなたか良い方がいたらお見合いしたいです。よろしくお願いします』って笑顔を浮かべて頭を下げたんですって。実際彼女は、平気で何回もお見合いをしていたそうよ。それは世間に対する目くらましなのか、もっといい男がいたら乗り換えようかと思ってのことか、わからないけど、うちの母はあの人のこと怖がっていた」
まあ相手の妻が知っているのに、30年も不倫を続けるのだから、相当に強靭な精神の持ち主なのだろう。
智佐子さんの父親に次いで母親が2年くらいのうちに亡くなった。社会的な地位のあった父親の葬儀は盛大に行われたが、母親の時はコロナ禍もあって親族だけでの密葬となった。
なんと、そこで智佐子さんは旦那さんを伴って喪主を務めた。「主人です。父も母も亡くなる前に、私が彼と結婚するのをとっても喜んで祝福してくれてたんですよ」と皆に得意そうに報告していたという。
この従姉の姿にアサミさんは啞然とした。あの厳格な伯父が娘の不倫を許すわけがないだろう。
「でもねえ、私はこの従姉の結婚で、はっと目が覚めたような気がしたのよ。他人の夫と不倫の末に結婚した女を白い眼で見る考え方って、もはや古いのかもしれないわね。男女の関係って昔よりずっと自由で平等になっていて、社会の規範も緩んでいるのかなって」
「だけどさ、芸能人とか政治家の不倫は、パパラッチに写真撮られたら一発で終わりじゃない。ものすごいダメージを受けるわよ」と私は異議を唱えた。
日本の場合は、有名人の不倫スキャンダルは許されない。しかし、アサミさんの説によると、それはやり方が下手かダサイからだという。週刊誌に狙われるような立場だったら、もちろん不倫をするのは愚かだ。
「でも、あなた、頭のいいオジはその辺はうまくやっているのよ」
「オジってオジサンってこと?」
「ええとね、パパ活って知っているでしょ。それをやっている女性の間では、お金をくれる男の人のことをオヂって呼ぶのよ。ジはチに点々のオヂね」
「なんでアサミさんがそんなこと知っているのよ?」
(後編に続く)
工藤美代子(くどう・みよこ)ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。