彼女の家は二世帯同居住宅だという。ただし、昼間は照葉さんも夫も仕事に出てしまう。子供たちは2人共今は海外にいる。したがって、浩司さん一人での留守番はまことに不用心だ。災害の時も心配だ。
ということで、区役所にも相談して、シフトを組んで介護士さん2人に交代で看てもらうことにした。それでも、どうしても浩司さんだけになってしまう時間が3時間ほどある。それが気になったので、照葉さんは家政婦さんを頼んだ。
これでようやく彼女は家のことを心配しないですむ。私の年代だと、親の介護で忙しい女性はもちろんいる。なにしろ超高齢社会だから、心身に不自由があっても、100歳くらいまで長生きする人が昨今は多い。その子供だって70歳を過ぎているだろうから肉体的な負担も大きいと思っていたのだが、今や親の介護をしていた子供の世代が、病に倒れてしまうケースも少なくない。つまり孫世代が介護問題に直面する。照葉さんのケースもそれに近かった。
老人ホームに入ってもらうのも良いのだが、費用の問題と精神的に親を老人ホームに入れることに罪悪感を持つ子供たちがいるのが難題だ。
つい最近も私の夫の友人が老人ホームに入居した。その費用が毎月80万円かかると聞いて、私は絶句した。一年で1000万円が消えてゆくわけだ。他のお宅は知らないが、わが家では2人そろって入居したら、一年以内に夫婦心中する覚悟でもない限り、そんな高額な費用はとても払えない。といってあんまり低料金だと、食事や介護のクオリティが不安だ。だから、照葉さんが昼間だけは他人に任せて、なんとか浩司さんを自宅で看取ろうとした気持ちはよく理解できる。
照葉さんのお父様の世話をしてくれる介護士さんは、以前から短時間だがお願いしていたこともあって、気心も知れている。まだ30代と40代の女性2人だが、明るくて元気で親切なのはわかっていたので、安心して任せられた。
家政婦さんはある紹介所から派遣されて来た60歳くらいのコズエさんという女性だった。ごく普通の小太りのオバサンに見えた。喋り方は少し乱暴だが、特に悪い印象はなかったので、面接で決めた。料理が得意だというので、夕食の支度も頼んだ。
そして照葉さんは、コズエさんに自分の携帯の番号をおしえて、「何かあったらすぐに電話を下さいね」と頼んだ。
実は浩司さんはとても舌が肥えていて、現役時代は高級な料亭を毎晩のように訪れていた。食事には一家言あるので、亡くなったお母様も「パパは味付けにうるさくて嫌になるわ」といつもこぼしていた。それでも自分の妻ならなんでも言えるが、相手は家政婦さんである。くれぐれも文句をつけたらダメだからね、我慢してよと浩司さんに強く言い聞かせた。