カルチャー&ホビー

工藤美代子さん綴る【快楽(けらく)】第14回「強引に迫るのはルール違反(前編)」

2023.06.13

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そして照葉さんが職場復帰して2週間目に事件は起こった。コズエさんが電話を掛けて来たのである。怒り心頭といった声で、「お宅の旦那様のお世話は、あたしにはとても出来ませんよ。あんなワガママな人は見たことありません。言うことは聞かないし勝手過ぎます。だいたい、いくら雇い主だとしても、あれはないですよ。失礼ですよ」と電話口で捲し立てた。

いったい何があったのだろうと照葉さんは慌てた。彼女のお父様に認知症の症状は見られなかった。今にして思うと、物忘れはひどくなっている。しかし、女性に対して攻撃的な発言をする人ではない。お母様を怒鳴りつけた場面なんて見たこともなかった。

ただ、年齢と共に話がくどくなったのは事実だ。説明が長い。それがコズエさんを苛立たせたのか。とにかく、浩司さんのいる家で話し合いをするのは具合が悪いので、照葉さんの会社の近くの喫茶店で、すぐ会うことにした。


「どうもご迷惑をお掛けしたみたいで、すみません」と照葉さんは、まずは頭を下げた。なにしろ今の時代は、個人の言動いかんによってはパワハラ、モラハラ、セクハラだと訴えられかねない。家族が知らない浩司さんの素顔があるのかもしれないと心配だった。

コズエさんは仏頂面で「今日で辞めさせて頂きます。ただあたしもこんなことになるとは考えてもいませんでしたから、今月分のお給料は全額頂けませんか。あたしだって生活がかかっているんですから」。

強い口調で言われて、照葉さんも「わかりました」と返事をした。面倒なトラブルに巻き込まれるのは避けたい。浩司さんの晩節を汚す結果になったら後々厄介だ。

その晩、疲れた足取りで帰宅した照葉さんは、すぐに浩司さんの部屋に直行した。

「お前によっぽど電話をしようと思ったのだが、仕事中だといけないと思って控えた」

娘の顔を見るなり喋り出した浩司さんの声は怒気を含んでいた。

「なんだ、あの家政婦は。すぐに馘(くび)にしてくれ。あんな図々しくて失礼な女はいない」

「ど、どうしたの? あの人が何かしたの? 言い争うことがあったの?」

気持ちを落ち着かせながら、なるべく静かな声で照葉さんは尋ねた。その時の浩司さんの返事は、まさに娘を震撼させるものだった。私はその経緯を姪から聞いたのだから、又聞きである。

(後編に続く)

工藤美代子(くどう・みよこ)
ノンフィクション作家。チェコのカレル大学を経てカナダのコロンビア・カレッジを卒業。1991年『工藤写真館の昭和』で講談社ノンフィクション賞を受賞。著書に『快楽』『われ巣鴨に出頭せず――近衛文麿と天皇』『女性皇族の結婚とは何か』など多数。
イラスト/大嶋さち子

『家庭画報』2023年6月号掲載。
この記事の情報は、掲載号の発売当時のものです。
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