「あなたには悪いけど私はもう女性には興味がないんだ」と穏やかに諭した。身体が不自由な彼としては相手を刺激して首でも絞められたら怖いから、なだめるしかない。
「でも安心して。男はみんなあたしに惚れるのよ」とうそぶいてコズエさんは彼の体の上に覆いかぶさったという。
私の想像だが、浩司さんにしたらかなり怖かったに違いない。強制性交と同じではないか。
運良くその時に宅急便の配達の人が来て玄関のチャイムを鳴らした。コズエさんは慌ててコートをひっかけて玄関に走った。その間に浩司さんは体勢をなんとか立て直して、枕元の携帯電話を手に取った。
コズエさんが荷物を受け取って戻って来ると、「もしも、あんたがこれ以上私に近づいたら警察に通報するぞ。すぐに出て行け」と怒鳴った。しぶしぶコズエさんは帰って行ったという。浩司さんは恐怖のあまり、ずっと娘が帰宅するまで、しっかり携帯を握りしめていたらしい。
私は呆れ果てて姪の話を聞いた。ネグリジェってどんな色のを着ていたんだろうと変なことが気になって姪に尋ねたら「そんなこと知ってるわけないじゃない。それより照葉パパが無事で良かったわよ」と憮然とした顔で答えた。
確かに独居老人に対しては心配が多いだろう。実際には男性の老人が襲われる方が女性より多いのだろうか。何年か前に後妻業という言葉が流行したことがあった。あれは老人からお金を巻き上げて殺してしまう女性が本当にいたからでもあった。この時も私は思った。
なぜ、そんなに強気なんだろう。相手の男性のお金を最後まで搾り取るつもりで凶行に走る。これでは男の方も、うかうかとしていられない。
後に姪が照葉さんに聞いたところでは、浩司さんはこの一件で大変なショックを受けたらしくて2、3カ月は元気がなかった。医師からの抗うつ剤の助けがあって、ようやく回復した。
それから娘にぽつりぽつりと語ったところでは、彼の布団にもぐり込んで来たコズエさんは、「あたしにまかせてね」とささやきながら、彼の性器に手を触れたのだそうだ。「汚らしいことをするな」とその手を払いたかったが、なにしろ右腕しか使えないからうまく防御出来ない。それが浩司さんには悔しくて腹が立った。
「俺があんな女を相手にすると思ったのか。そこからして馬鹿にしている」という怒りは、娘にはよく理解出来るのだそうだ。なぜなら照葉さんのお父様は長身で彫りの深い端正な顔立ちだ。女の人にはすごくモテた。現役で働いていた頃には、それなりに浮いた話もあったのだろう。まさかコズエさんみたいに無遠慮で厚かましい女性にわが身を蹂躙されるとは思ってもいなかったはずだ。まさに我慢のならない屈辱だった。