別の友人の新居に招待された時のことである。仕事を終えてクルマを飛ばすものの朝から何も食べていない私は空腹で目が回ってしまい、仕方なく運転しながらフルーツをかじってエネルギーを補給した。
「こんばんは。お土産の和菓子をどうぞ。それと、すみませんがこっちは捨ててもらえますか」
私は果物の皮の入った袋をその家の奥さんに渡した。すると彼女はおもむろに台所の窓を開け、ゴミ袋の中身を全部外に放り投げてしまったのだった。私は友人に耳打ちした。
「お前の “今度の嫁さん” 問題あるんじゃないのか?」
彼は、ああなんだそんなことか、という顔で言った。
「まあ見ていなよ」
次の瞬間、窓の外の暗闇に赤く光る点が現れた。何かの獣の目だった。それが無音のまま沢山増えたかと思うとやがて消えた。懐中電灯で照らすとバナナの皮もリンゴの芯も柿のタネも全てなくなっていた。
「我が家では生ごみはみんな外に放り投げるんだ。タヌキたちが全部持っていってくれるんだよ」
なんともエコでウインウインの共存関係に恐れ入った。
深夜ドライブの小休止は自動販売機の明かりに心が癒やされる。コインを投入してボタンを押すと、静寂を破って缶が落ちる音が響く。薄暗い倉庫街の道、月明かりにてらてらと光るアスファルト。人の気配は全くない。ふと気が付くと数十メートル先の街灯の下に佇んでこちらの様子をうかがっている獣のシルエットが……。
タヌキである。
「そのオレンジジュース、少しばかり残しておいていただけませんか」と言っているように感じた。
私は「いいよ、地面に置いておくよ」と言ってクルマを発進させた。
ルームミラーで後ろを見ると、子ダヌキたちがわらわらと出て来るところだった。
「おいしいね。あまいね、おかあさん」
野生動物に関わるな!と自称有識者の声が聞こえてきそうだが、「いいんじゃないの? このくらい」と思う。
静かで慎ましく遠慮深い隣人、そんな都会のタヌキたちに幸あれ。
初夏の雨上がりの夜、看護婦さんたちが騒いでいる。
「院長先生、変な生き物がいます!」
窓の外を見ると太くて長い尾をした猫の2倍くらいある獣が電線の上を器用にそして悠々と歩いていた。鼻筋に白い線、まるで歌舞伎のメイクのような顔をしている。
「ああ、あれはハクビシンだよ。この先にある古い家の庭に実ったビワを食べに行くのだと思うよ」
この大型の雄の個体は長年にわたり病院の近くで遭遇していた。印象的だったのは誰もいない深夜の街での出来事だ。煙草を買いに出た夜道、気配を感じ横を見て驚いた。彼はずっと私の隣を歩いていたのだった。
しかも中野通りを横断する際には信号が青になるまで座って待っていたのだ。老齢個体は経験値が高く賢いのかもしれない。
「避けてくれるだろう」とゴリ押しでクルマに突っ込んでくる自転車の若者、「何とかしてくれるだろう」と歳をとればとるほど自己中になる高齢者。人間の皆さんは他力本願のワガママを今すぐやめて、自己責任前提で賢く生きる動物たちを見習うべきである。甘ったれるのは自分の親だけにしてほしい。
ハクビシンは日本に生息する唯一のジャコウネコ科の動物で、江戸時代頃に日本にやってきた帰化動物だと言われている。しかしそのルーツがはっきりしないため外来生物法に基づいた特定外来生物には指定されていないので、駆除の対象にはなっていない。