エッセイ連載「和菓子とわたし」
「和菓子とわたし」をテーマに家庭画報ゆかりの方々による書き下ろしのエッセイ企画を連載中。今回は『家庭画報』2023年6月号に掲載された第23回、柳原尚之さんによるエッセイをお楽しみください。
vol.23 一瞬の季節感
文・柳原尚之
「四季折々の変転を人々は、色に味に、形に映しながら目で楽しみ、ほのかな味わいのなかに、美意識や自然観をも凝縮した」
私の祖父・柳原敏雄が記した著書『和菓子の旅』冒頭に書かれた一節である。
日本人は、古くから季節に価値を見いだし、言葉や色彩、香りなどで季節美を具現化することで、食さずとも食する人の感覚を刺激してきた。
和菓子では手の中に入るほどの大きさに語られる季節の美しさ。懐石料理では特に煮物椀の中でそれらを表現してきた。私が煮物椀を作るとき、今時分だと蕨やタラの芽などの山菜を使って緑を主に配色し、ミョウガタケやラディッシュなど、赤を少しだけ差し込んで盛りつけする。そうすると新緑の清々しさと共に、ぽつりと差した紅の色で夏へ向かっていく高揚感も表現することができる。吸口として木の芽をたっぷりと添えると、椀の蓋を開けたときの趣と共に、旬の香気を呼び入れてくれる。一瞬で、旬とその美しさを伝えることができるのも和菓子との共通点ではないだろうか。
料理教室でも季節の和菓子づくりの面白さを伝えている。父から教わった菓子の中で、私の印象に強く残っているのが草餅である。摘んできたヨモギを、重曹を少し入れた熱湯で茹でると、緑はさらに鮮やかになる。冷水にさらしアクを抜き、よく刻んだものを蒸し立ての餅生地に練り込む。餅生地は熱々なので砂糖水で手を冷ましながら、艶良く練り込んでいく。最後に、適量の生地の中に丸めたアンコを入れて形を整える。口でいうと簡単そうに思えるがアンコを生地で均等にきれいに包んでいくのは、難しい。指先をうまく使って包むのだが、何度も練習してやっときれいな丸にできたときの達成感は今でも忘れられない。不思議と一度できるようになるとその後は難なくできるところが面白い。
技術もそうだが、季節の美意識も、めぐっていく季節の中で気づけば身についている。ひとつの和菓子から、一椀の吸い物から、小さな春夏秋冬を見つけて楽しんでいただきたい。
柳原尚之近茶流宗家。柳原料理教室主宰。博士(醸造学)。2022年1月、父である先代近茶流宗家柳原一成氏より近茶流宗家を継承。東京・赤坂の柳原料理教室で、日本料理、茶懐石の研究指導にあたる。テレビ番組への出演や料理番組の監修、時代考証を手がけ、江戸時代の食文化の研究と継承にも尽力。15年文化庁文化交流使、18年農林水産省日本食普及の親善大使に任命される。子ども向けの和食料理本の執筆・講義を通した食育も精力的に行う。